お知らせ
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トークショー「急速に発展する中国社会その実態を現場から報告する」
- 2025/06/24
馬場錬成(21世紀構想研究会理事長)投影画像にありますように、本日は「急速に発展する中国社会 その実態を現場から報告する」をテーマにしたトークショーにしたいと思います。この3月末まで科学技術振興機構(JST)の北京事務所におられた米山春子さんにお話しいただきます。それともう一人、JSTの理事長もされた沖村憲樹(公益財団法人科学技術国際交流センター理事長)さんにも、加わっていただきます。
米山さんは日本人であり中国人でもありますが、中国名は「ちょう・もう・ふく」さん。書くことも困難な「張懋馥」という難しい漢字です。ただ、「JSTの西太后(せいたいごう)」とニックネーで呼ばれることもあります。西太后は、中国が近代化を目指す清の時代に、思うままに権力をふるった女帝ですね。沖村さんがJSTにいた時代に、米山さんの中国通ぶりとその人脈から名づけたといわれています。
米山さんは吉林大学物理学科を卒業後に、お茶の水大に留学したこともあり、理化学研究所などをへてJSTに移り、中国総合研究交流センター(CRCC)などで長年活躍されました。中国の科学技術界に広い人脈をもっておられます。中国の様変わりぶり、あるいは日本に対しては歯がゆさも感じてもおられるかと思いますが、そうしたことを存分にお話しください。
日中科学技術交流の拠点で多忙な日々
米山春子 ご紹介ありがとうございます。JSTの中国総合研究交流センターは、沖村理事長時代に生まれ、馬場先生が初代センター長を務められ、2代目のセンター長は今日(会場の)後ろに座っておられる(東京理科大の)藤嶋先生。その次のセンター長は、東大総長もされた有馬朗人先生です。このような偉い先生がたのご指導のもとで、長年日中の科学技術交流を中心に職務を努めてまいりました。
ふりかえれば、新型コロナ禍が始まる前の2019年ころが、日中科学技術交流活動の最盛期でした。多い年には何十件もの中国政府からの代表団らを中国総合研究センターで受け入れていました。本当に忙しくて、中央政府ばかりか、地方政府、研究機関や大学の幹部など多い時には日に3、4件もの来訪がありまして、沖村さんも対応で昼食も満足に食べる時間がないような状況でした。
こうして、10数年間かけて人的なネットワークを構築してきましたが、新型コロナ大流行で往来が途絶えざるをえませんでした。打開策としてJSTの北京事務所が強化され、私もそこに移って、交流活動を続けてきたわけです。
沖村憲樹 ちょっと補足させてもらいますが、中国では鄧小平首席の時代に、大学の門戸を広く国民に開くために全国共通の大学入試を始めました。1978年のことです。この最初の共通大学入試で合格した一人が、米山さんです。鄧小平は「優秀な学生は物理学を学ぶべき」という信念をもっていたようで、米山さんもその影響を受けてか物理学を専攻しました。ご当人は医学を目指したかったようですが・・・。この入試に挑んで合格した同窓生には何かネットワークがあるようで、要人も含めていろいろな人にすぐ連絡がとれるという米山さんのお仕事ぶりを、何度も見聞きしました。
中国の変貌ぶり 「30年河東 30年河西」
米山 中国には「30年河東 30年河西」という言葉があります。この「河」とは、チベット高原を源流とする中国第二の大河・黄河のことで、よく川筋が変わるので、川の東側にあった土地がいつのまにか川の西側になってしまいます。世の中の栄枯盛衰が激しいことを示す例えとして使われます。北京での勤めを終えて3月末に日本に戻りましたが、帰国の挨拶で馬場さん、沖村さんと懇談した際にこの言葉を話すと、馬場さんから「ぜひ最近の中国の変貌ぶりの話をして・・・」と勧められました。何度も固辞しましたが、結局このように本日、話させていただいているわけです。
30年の変化といえば、私が日本にやってきたのが30数年前。円高の時代でもありましたが、私の日本でのアルバイトの時給が、当時の中国の大学教師の月収と同じくらいの時代でした。その当時、「日本で働いて100万円貯めれば、中国に戻って一生暮らせるかも・・・」などと思ったものです。
経済格差の現状と憧れの「200+(プラス)」層
それからの30年で時代は大きく変わりましたが、現在の中国人のおおよその年収情況をお示しします。総人口は14億人といわれますが、うち6億人は年収が25万円程度。この6億人には、未成年者や低所得者、定職をリタイアしている人たちも含まれています。
次の5億人が、「年収数十万円から1000万円未満」の所得層です。私の身の回りにも、「年収50万円~100万円」ほどの人たちが2、3割はいるように感じていますが、これらのふつうの人たちが、この階層に含まれています。
この上の所得の「年収1000万円~2000万円」程度の高所得人口が、2~3億人います。さらに上はどうなのか。日本から北京に赴任した当初は、「200プラス」という言葉が流行していて、「それ何のこと」と思ったものでした。これは「年収4000万円以上」を、意味しています。中国元で「200万元」が日本の4000万円に相当しますが、IT企業などで高所得を目指す人たちの目標が「年収200万元以上」のため、略して「200+(プラス)」と呼んでいました。この「年収4000万円以上」の超高所得者が、全国で3000万人とみられています。
年金生活者にゆとり
米山 高齢化社会が進むなか、皆さんも「年金」にご興味があると思いますが、中国の年金制度は日本とまるきり違います。だいたい現役時の7割、8割もらえる人が多く、中には100%もらえる人もいます。大学の教授レベルの人の年金は月額30~40万円がふつうで、私の大学時代の同級生なども、みなこのぐらいもらっています。准教授レベルになると、やや額は下がりますが。
大学の先生らは、定年退職するときには必ず家を2、3軒持っています。息子さんの家とか、自分たちの別荘とか・・・。生活コストも日本より安く、日本のように持ち家などの不動産にかなりの額の固定資産税をとられることもないので、ゆとりがあります。食べることや、遊ぶことに年金を十分に使えるのです。
中国もこれから高齢化社会が進むので、社会保障が破綻するのではと心配する声がありますが、ゆとりのある人たちにお金を使ってもらい、いかに経済の好循環に結び付けるか、政府、地方政府もいろいろ工夫を始めています。
不動産不況を逆手にとって
地方都市などではマンションを建てても売れないという不動産不況の問題が日本でもよく報道されますが、確かにそうした状況はあります。買いたい人、買う資力のある人はもうほとんど買ってしまい、残っているのは買う資力のない人たちだから売れない、というのが実情です。
そこで、地方政府が民間企業の協力を得て、入居者のいないマンションを一棟丸ごと借り上げてもらう。そこに、高所得層の多い一線都市――たとえば、北京、上海、深圳などの住民に来てもらい、月ぎめ、日ぎめという短期間でも過ごしてもらうという方法です。
現に夏にはリゾート地の海南島で過ごすとか、足を延ばしてモンゴルなどで避暑生活を送る北京の人たちも多い。ホテルに長期滞在すると、相当の高額になり、だれもが楽しむわけにはいきませんが、借り上げ方式のマンションを使えば、ふだんと変らない程度の額で3食付きの生活が送れます。
こうした話を日本人にすると、「やはり金持ちでないと、そんなことは出来ないでしょう」と言われますが、そうではありません。年収が高い人にはそれに相応しい滞在先が、年金生活で月に6万円程度しか使えない人にもそれなりの滞在先が見つけられます。部屋が多少狭いとかいった格差はありますが・・・。
「旅居」を楽しむ動き広がる
近年、中国では「旅居」と呼ばれる、生活の楽しみ方が広がっています。純粋な「旅行」だと、相当な高所得でないとホテル代が高くて長期旅行はできません。また、長期滞在の旅はお金がかかるからと「居住」を求めると、これも長く過ごすわけでもない住宅を買うのは経済負担が大きい。そこで、「旅」(旅行)と「居」(居住)のいいとこどりをしたのが「旅居」というわけです。
「旅居」を楽しむには、業者が借り上げているマンションを利用する方法のほかに、ホテルを利用できる方法もあります。どんないいホテルでも年間の平均利用率は7割程度といわれ、年中満杯になっているわけではありません。そこで業者が、空き室率の高い時期のホテル客室を通常より安い値段で借り上げ、そこで客に長期滞在生活を楽しんでもらう方法です。
私の実体験でも、北京からバスで1時間ほどで行ける温泉ホテルで、いいところがありました。ふつうのツインルーム、シャワー付きの部屋で朝食付き。1か月約9万円で過ごせました。私の周りの人たちも、よっぽどの旅行嫌いでもないかぎり8割程度の人は、年金生活の範囲内で「旅居」を楽しんでいるというのが実感です。これは、日本との大きな違いです。
デジタル社会の便利さを実感
馬場 ちょっと余談になりますが、昨年、ピースボートの世界一周航海に参加しましたが、米山さんには思わぬお世話になりました。旅の途中で中国の深圳に寄港した時のことです。街に出てビールを飲んだりして楽しんだ際に、当初はクレジットカードが使えると店員が言っていたにもかかわらず、支払いの段階になって結局「使えない」と言われてしまいました。
そこで北京事務所に派遣されていた米山さんに、スマートフォンで助けを求めると、「店員と代わって」と言われ、米山さんのスマホでオンライン決済してもらいました。おかげで、遅刻せずに船に戻ることが出来ました。深圳に置いていかれると、次の寄港地まで自力で先回りしなければならず、あぶないところでした。いずれにしても、中国はスマホ決済が当たり前ですね。
米山 私も北京に赴任していた4年間、ほとんど財布なしで過ごしました。それとQRコードの普及ですね。なんでもスマホで済ますことが出来て、便利ですね。高齢化社会を迎えて労働力の不足も心配されるなか、有力な道具だと思います。
馬場さんも実感されたと思いますが、無人運転タクシーも普及していますね。「無人運転」と聞くと、安全上の問題はないのか心配になりそうですが、実際はコントロールセンターから遠隔操作もできます。万一ドアが開かないときは、遠隔で開けられますし、途中で車を停めたり車両基地まで車を戻すことなどもできます。人件費をあまりかけないので、運賃も安いですし。
スマホ大国中国
スマホ決済といえば、日本のように業者が乱立していないのも便利なところです。中国の二大QRコード決済といえば、「Alipay」と「WeChat Pay」で、このふたつはどこでも使かえます。
中国の携帯電話契約者数は12億人超で、普及率は約9割。上海や北京ではほぼ100%というスマホ大国です。通話料金や端末の値段が安いのもありがたいです。学生用のスマホ端末なら、2000円ほどで手に入ります。
私も日本に戻る際に、中国の電話番号1つを維持したままにしています。向こうに遊びにいくこともあり、その際にスマホなしでは買い物もできないので・・・。その中国スマホの月額維持費が、わずか130円ほどですむのです。
進む人材争奪戦と「院士」の威力
最後に、科学者の争奪戦が中国で起きている様子をお話ししたいと思います。以前は、外国から有能人材をかり集めているという話がありましたが、今では外国人に限らず、地方政府などが国内外の科学人材の争奪戦を繰り広げています。
その主な対象が、中国で「院士」と呼ばれる人たちです。この「院士」とは、中国科学院(科学アカデミー)のメンバーの中でも特に功績の高い最上級のクラスです。数百万人にもいる科学院の研究者らのなかでも1000人余りしか選ばれておりません。本日会場に来られている藤嶋先生も、外国籍の「院士」ですね。
パワーポイントでお示ししているのは、西安市の地方政府が保有している高度人材基地にある研究者用の居住・サービス施設です。唐時代の楊貴妃にちなむ公園の近くにあります。「院士」なら、すべてただで利用でき、かかる費用はすべて地方政府持ちです。たとえば、日本から訪れる院士のために、夕食時に出すキリンビールやアサヒビールなども用意されています。人材獲得のためのサービスは至れり尽くせりで、場合によっては最寄りの空港まで出迎えたり、近くに観光に出たいといえば、車の手配やチケットの用意までしてくれたりします。
しかも、院士本人だけでなく、同行する弟子なども同様のサービスが受けられる。以前、「なぜそこまでするのか」と担当者に聞いたことがありますが、「院士の卵はやがて院士になりますから・・・」と言われました。地域の研究拠点や大学などに有能な人材を集め、定着させるために、先を見越したこうした努力までしているわけです。
惨憺たる日本の状況に危機感
沖村 米山さんに中国の状況を話していただきました。私は10年以上前から、中国の科学技術は日本を追い越してアメリカに追いつくと言ってきました。これには根拠があって、科学技術で国を栄えさせるために中国では、二つの法律をつくって邁進してきました。一つが「中国教育法」で、教育支出は経常収入の伸びを必ず上回るよう定めています。また二つ目の「中国科学技術促進法」でも同様に、科学技術経費の伸びは経常収入の伸び率を上回るよう求めてきました。そうした財政上の強力な支援が実を結んでいるのです。
これに対して日本は、科学技術予算以前に教育予算が極めて少ない。小中学校の初等中等教育から、高校・大学まで惨憺たる状況です。特に大学はひどい。近年は一部の大学には重点投資するようになってきましたが、多くの大学・大学院では予算不足が深刻です。
あらゆる分野の研究論文などの成果で日本は、中国、韓国、台湾、シンガポールなどアジアの国々などに追い抜かれ、やがて中東のトルコやイランなどにも抜かれます。根本には、教育・科学技術振興を重視しない財政構造があります。教育・科学技術に支出する国の予算比率は中国の19%に対して、日本は4.9%にすぎません。OECD(経済協力開発機構)の統計でみても、GDPに対する日本の教育・科学技術出資比率は、加盟38か国中の35位という低調ぶりです。
ところが、こうした教育・科学技術軽視の実情が国民にほとんど知られていません。 そこで最近、「科学技術国際交流センター(JISTEC)」で、『教育・科学技術イノベーションの現状と課題―日本の凋落を止め再建を目指す―』(2025年版)と名付けた書籍をまとめました。豊富なデータのほか、課題や打開策なども盛り込んでいます。最近出版されたばかりですが、多くの人に是非読んでもらいたいと思っています。