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どこでも、だれでも認知症 ジャーナリストが伝えたいこと 質疑・討論編

2022/12/30

どこでも、だれでも認知症 ジャーナリストが伝えたいこと

質疑・討論編

講師:猪熊律子さん(読売新聞社編集委員)

馬場  猪熊律子さんの講演のあとは、質疑応答とディスカッションをしたいと思います。ご講演では、認知症の研究経緯、お薬の開発状況、社会的な問題、家族との問題、あるいは長谷川和夫先生との取材上のお付き合いから感じた様々な認知症の現場の話。それから、将来おばあさんの時代になり、そのおばあさんの多くが認知症になるということになると、世界中どうなるんだろうかという話も聞きました。日本も未来を俯瞰した国家としてこれから考えていくべきだろうということも示唆されました。それでは質問あるいはご意見は賜りたいと思います。

認知症患者の顔出し写真はいつから

 岩村   大変素晴らしいお話をありがとうございました。読売新聞がとくにこの問題について精力的に突っ込んだ取材をなさっているんでしょうか。他の新聞と比べてどうなんでしょうか。

猪熊   認知症は本当にホットイシューなので、他の新聞も報道しております。ただ本人の顔を出して実名で写真もつけてというのは、たぶん読売が一番早かったかなとは思います。その後各新聞社NHKもそれをやるようになりました。朝日新聞、NHKなどは事業としても認知症を始めており、認知症の人を取り上げることは、どの社も積極的に取り組んでやっていると思います。

馬場   黒川清先生、G8(主要先進国間の経済問題に関する首脳会合)の認知症サミットに先生は深く関わってきたのではないでしょうか。

認知症対策は専門家だけでなく幅広く

 黒川   2013年のG8サミットは、デーヴィッド・キャメロン、UKがホストをしたときに、長寿社会になったんだから認知症が増えるのは当たり前だということで、ワールド・ディメンチア・カウンセル(World Dementia counsel、国際認知症顧問会議)をつくりました。私もそのメンバーになり、2期目は副議長をやりました。

なんで私かというと、認知症の専門家ばかり集めても役にも立たない。認知症は診断基準がないのです。たとえばコレステロールみたいな、簡単なナンバー(数値)で出てくるようなパラメータ(媒介変数)があれば、何をやっても効いているかどうかわかる。というわけで、私がそのときに、これからバイオテクノロジー、バイオロジーよりは、デジタルテクノロジーのほうが役に立つ可能性が強いという話をしていたからなんです。実際に今日本は最長老社会で、100歳人口が今9万人になりました。65歳以上がたぶん今頃ちょうど30パーセントになっていると思います。

遺伝性認知症もあり、イギリスでこの人たちのファミリーにも会いました。だけどこれは診断ができない。何をしたらいいかというメトリック(測定基準)ができないのです。長谷川式の認知症の診断がありますが、これをやるだけでけっこう大変です。というわけで、なかなかメトリックで簡単にナンバーで出せる方法がないというのが一番難しいんじゃないかなというのが私の懸念です。それができればかなり変わると思います。

認知症の治療はどうなっている

馬場   夢の新薬が望まれるわけですけども、エーザイがかなり先行しているように私は聞いていますけど、どうなんでしょうか。

黒川   バイオジェンとエーザイの研究は抗体なんです。抗体みたいな大きいものが、ブラッド・ブレイン・バリア(blood-brain barrier、血液脳関門)を越えるだろうかという話を私最初から言っていました。動物実験では1パーセント近くがブラッド・ブレイン・バリアを超えたらしいのですが、その中に入った抗体が本当に抗体としての機能があるのかどうかというのは証明されていないんじゃないかと思います。ブレイクスルーがないとなかなか一歩出ないんじゃないかという気がしています。決め手はデジタルテクノロジーじゃないかと思っている。

馬場   それでは実際に診療現場で日常的に活動している、福岡秀興先生。産科婦人科の現役のお医者さんでございますけれども、ご婦人は認知症になるのは男性より高いといいます。先生が日常的に診療していて、何か感じることございますか?

福岡  女性にとって卵巣から出るエストロゲンは非常に重要な物質です。とくに脳の認知機能では、エストロゲンは強力に作用します。閉経後に私たちはホルモン補充療法、とくにエストロゲンとプロゲステロンをリプレイスするのですが、今までおこなわれた研究では、閉経後のホルモン補充療法をおこなった女性の場合は認知症のリスクが少なくなることがすでに確立しております。

今政府が更年期に対する対策というのを打ち立てようとしていますが、私はその先の更年期障害、あるいは閉経後の女性に対するホルモン補充療法というのは、これから女性の認知症を防ぐ意味で有効な手段になっていくと考えております。しかし日本では、ホルモン補充療法をやっておられる女性は非常に少ないです。

世界的に、閉経してしばらくしてホルモン補充療法をやった場合、心筋梗塞とか動脈硬化になる方が多くて危険だというような情報が流れましたが、閉経してできるだけ早くやっておれば、そういう心配はなくて、むしろ延命効果、あるいは認知機能の向上・維持というのは可能だと考えております。これは私の日頃から患者さんに接しているときに感じていることであり、説明しているところです。

岩村   どれくらいの期間補充療法というのはやるものですか?

福岡   私がやるとすれば、約10年間は今のホルモン補充療法をやります。それから、その後の10年間、それを半分にいたします。それから、またその後の10年というのは半分にしていくという、漸減してエストロゲンの量を減らしていくということをしたいと思っています。実際修道院の女性の方々を調べたデータがございます。やはりホルモン補充療法をやっている方の場合は、脳の細胞の壊死というのは非常に少ないようです。アメリカでは、亡くなった修道院の女性の方は脳を提供するというシステムがあり、亡くなられたらすぐ脳組織をいただきに、飛行機で関係者に行くというシステムがございます。

馬場   死後、できるだけ早く新鮮な脳組織を基礎研究に役立ててほしいということですね。

福岡   そうです。女性の場合、ひどい認知症の方が多いということは、たしかに現実ではあるんですけども、それは十分回復できる状況に、今はなってきているんじゃないかと思っています。

患者と周辺の人は何を恐れるのか

黒木   大変興味深く拝聴しました。僕は長谷川先生の本を読みました。非常にわかりやすかったのですが、お聞きしたいことは、認知症になった人は何を恐れているのか。それから、認知症の周りの人は何を恐れているのかということです。長谷川先生の本を読むと、長谷川先生はほとんど何も恐れていない、異様に自然に受け入れられている。

問題は周りの人ですけども、たとえば徘徊してどこかへ行っちゃうんじゃないかとか、とんでもない行動をするんじゃないかということを恐れていると思うんですけども、実際にそういう行動をする人は少ないんじゃないかと思うんです。レビー小体なんかでは時々そういう人がいると思いますけど。そうすると、本当に周りの人、あるいは本人が恐れているということはどの程度あるのか。本人は少なくともそれほど不幸ではないんじゃないか、という気もするんですけど、いかがでしょうか。

猪熊   認知症になった方が何を恐れているかという話ですけれども、自然に受け入れて、それほど不幸ではないかもしれないというお話ですけれども、長谷川先生はありのままを受け入れるということで、おそらく宗教的なこともあったと思います。長谷川先生もそうですし、都立松沢病院の斎藤正彦先生なども、お母さまが認知症になったということで本をお出しになったかと思いますけれども、認知症の診断が下される前の恐れというのは、すごくあるんじゃないかと想像します。

何かおかしいという今までの自分とは違うという、その原因がなんなのか、そこで人知れず悩んだり、苦しんだりしている方はとても多いのかなと思います。実際に診断が下された後で、それをどう受け入れるか。しょうがないと受け入れるか、それともあくまで対抗して闘おうと受け入れるか。

スウェーデンの認知症の国際会議で面白いなと思ったのは、どちらかというとアメリカはアンチエイジングといいますか、アルツハイマー病にしても、すごく闘って克服して撲滅しようみたいな感じが強かったのに対して、おそらく日本などは、認知症になってもありのままそれを受け入れて共生していこうという感覚が強いような印象を受けました。

認知症になった方、それほど不幸ではないとは絶対いえないのではないかなと、私は個人的には思います。ご本人はご本人の葛藤が必ずあって、それは早いうちはかなりなことであって、それを見せる、見せないは別なのではないかなという気がしています。

認知症の周りの人が何を恐れているかですが、認知症になって今までと人が違ってしまったような、人格が変わってしまったようになった、とくに親などがそうなると受け入れるのが非常に難しくなるということもありますでしょう。愛知県の大府市で起きた事件ですが、知らない間に認知症の家族が外に出ていってしまい、踏切の中に入って電車を止めてしまった。鉄道会社から訴えられるということが現実に起きています。そのような行動をどう抑えるのかということや、すごく恐れる心配するというご家族は多いと思います。

長谷川先生への密着取材で思ったこと

長谷川先生を見ていて思ったのは、認知症になった後、それを公表されたことで、かなり楽になられた部分もあって、認知症という自分を見せることで、地域の人から声をかけられたり、取材が増えていきました。また第3の人生をある意味楽しまれたみたいなところもあると思います。私が見ていて偉いなと思ったのは、周りの家族が、みっともないからやめなさいとか、そんなふうに出歩くと危ないでしょうと言ったりしてご家族みんなが抑えなかったんです。

外に出ると当然転ぶリスクもあります。何回も何回も顔を打ち付けて、お岩さんみたいな顔になってしまわれたこともあります。しかし本人が街に出ていってコーヒーを飲みたいとか、ここに行きたいとか、こういうことを発言したいと言うと、それを抑えず自由にやらせてあげていました。そういうことが周りの人には大事なんじゃないかなと思いました。

周りの人は、恐れて、大事にしようと思うと、結局認知症の人を閉じ込めておくのが一番安全となってしまう。そうすると、生きて生活している意味がないので、周りの人もやはり認知症がどういうふうなことをしやすいのかとか、どういうふうに変わってしまいやすいのか。でも、変わってしまった本人がなぜ変わるかというと、本人の気持ちをわかってもらってないからというところがあると思うので、周りの人が認知症について勉強するということが周りの人の恐れをなくす意味でも非常に重要なことなのではないかなと思います。

認知症とは生活に困った状態が出ていること

永野   認知症の人は、自分が認知症だということを気付いていない人もいると思うのですが、どのくらいの割合なのでしょうか。なりかけている人に、あなた認知症ですよというのを早い段階で言ったほうがいいのか、あんまり言わないほうがいいのか。

猪熊   気付いているかどうかの割合は、なかなか難しいです。専門医は、認知症という言葉がどうかはわからないけど、とにかく前と違っておかしいというのは気が付いているといいます。だから、その後実際に診断に行くかどうかというところまでは、人によって差があるし、診断を受けたくないという人もいると思います。

若年性認知症などは、65未満で発症する方います。早ければ30代で発症する方もいます。専門医がいうのは、40代とか50代は、現役で働かなければいけない。ですから、なるべく早く診断を受けてそれなりの対策を考えたほうがいいと言われます。これはちょっとエイジズム(年齢のよる差別、偏見)になるかもしれませんけども、お医者さんによっては80代とか90代くらいになった認知症は、まあ認知症ではあるんだけれども、加齢とともに身体も衰えていくし、長年身体を使っていればそうなるので、ことさらそんなに問題視することはないと言います。

本人は気が付いていると思いますけが、診断を受けてどうするということをしなくてもいいんじゃないかというお医者さんもいます。ただ、若い方の診断は早いほうがいいということは聞きます。早い段階で認知症とわかれば、銀行の口座が凍結されちゃっても困りますし、準備ができるという意味ではいいと思います。

ただ、根本治療薬がないし認知症になった脳をもとに戻すとかいうことはできないものなので、早く診断されて準備するのはいいといっても、診断だけされてほっぽり出されたら絶望だけが残るということになります。そこは診断する医療者の方が診断後のケアまできちんと含んだ診断をしてほしいなと思います。

永野  60代、70代になると本人にどの段階で言うのか。なんかのときに言っておいたほうがいいかなとか、それはケース・バイ・ケースですかね。

猪熊   ご本人は絶対自分は認知症なんかではないと思っていても、行動はおかしいねという場合ですか?

永野   ええ、そうです。

猪熊   専門医から取材で聞いている認知症とは、生活に困った状態が出ている状態です。しかしせん妄とか便秘とか、そういうことでも認知症と似たような症状が出ることもあるし、水頭症のような認知症だと手術して認知症の症状が治るという認知症もあるのです。だから、その意味では何か日常生活に支障をきたして、周囲も困っているのであれば、診断まですぐにいかなくても、物忘れ外来に行くとか相談に行くとか、治る認知症の場合もあります。認知症ではなく、似たような症状が出ている場合もあるので、相談するというのはあると思います。

認知症にならないための方策はあるの

馬場   年とともに記憶力が減退しているというのは皆さんも感じていると思うのですが、これがどんどん進行していくと認知症ということになるのでしょうか。つまり、認知症の前兆というか前認知症というか。そういう受け止め方、自己認識したほうがいいのでしょうか。

猪熊   認知症の前段階はMCI(軽度認知障害)といわれて、認知症になる人もいればならない人もいます。一生懸命、脳トレとかして頑張るんです。しかし長谷川先生は、認知症っていわゆる暮らしの障害なんですよねとおっしゃっています。だから、認知症になって他人にすごい迷惑をかけないのであれば、別に問題にならないと思います。

要するに、周りの人の接し方です。この人なんか毎日ブツブツ言ってここを通っていく人がいる。ある集団にとってはとてもすごい迷惑なおじいさんとかおばあさんになっていて、あの人どうにかしてくれというようになるのか、それとも、あの人は認知症だけれども、ああいうことをしている人なんだよねと周りが受け止めれば、そこで別に特段周りが迷惑ではなくなる。ご本人も生活していくのに困らなければ、それはそれで認知症という症状が出ていて、アミロイドβがたまっていても暮らしていくうえではいいんじゃないのという考え方もあるかなと思います。

中尾  僕クイズが好きで、いわゆる脳トレみたいなのを一生懸命やるほうなんですけど、今のお話を聞いていると、もう認知症ってがんになるのと同じで鍛えようがないんじゃないのという感じがしたんですけど、そういうものでしょうか。

猪熊   WHOのリスクのガイドラインも出ていますが、リスクを低くするということは意味がありますから、聴力とかが関係するというのは、耳が聞こえなくなるとやっぱり刺激がなくなって、認知症のリスクが高まるということなので、脳に刺激を与えるというのはいいと思います。

中尾   だけどそれは数値的に表れているのでしょうか。定量的に本当に賢くなるのか。ここに来ている人みんなすごく脳が鋭くて、全然ボケた人がいなくて、活性化した人ばっかりだと思いますが、それは確率の問題なんでしょうか。

猪熊   元も子もない言い方かもかもしれませんが、脳トレをやっていようが、何をしようが、加齢とともに認知症になることはあるので、そこはそういうものかなと思いつつ、でもなるべくそれを遅らせるために頑張るというのがいいのではないでしょうか。

岩村   私は足掛け10年、認知症になった状態の母を介護したのですが、そのとき母が、ここは私の家じゃないといって、家へ帰りたい、帰りたいと盛んに言っていたのです。あれは女性特有の訴えなのかなと思ったんです。つまり、いわゆるお嫁に来た。ここは自分の家じゃないんだという考え方がベースにあるのかなと思っていたんですけれど。誰でもああいうことを言うようになるのか、そこのところはわからないんです。

猪熊   お嫁に来たからというような女性特有ではないと私は思います。要するに認知症になると、最近の記憶は欠落して小さい頃の記憶がかなり残っている。だからそうおっしゃるとすると、お母さまなりの今の頭の中にいる自分というのが、たとえば娘時代とか、実家で暮らしていた頃のことが、今の自分になっているから、ここのうちじゃないというふうに思うんでしょうか。

それは男性でも同じで認知症になると、最近の記憶が欠落していくと思います。昔スウェーデンに取材に行ったとき、介護施設に日本人の女性の方が入っていました。スウェーデンの介護士の人から、ちょっと言葉がわからないので通訳してくれと頼まれたのですが、日本の女性はスウェーデンの方と結婚して長い間スウェーデンに暮らし、その前はアメリカで暮らしていた方でした。英語もスウェーデン語もすごい堪能だったんですけが、認知症になってスウェーデン語があんなに流暢だったのに使えなくなってしまって、わかるのは日本語だけのようなので、ちょっと話してみてくれないかと言われたことがありました。そういうことが起こるのかなというふうに思っています。

同級生と会っても名前が出てこない

黒川   皆さん仲の良かった中学の同級生、イメージはわかるでしょう。しかし名前すぐ出ますか? 出てこない。これ認知症の軽いサインじゃないかなと思っているわけです。これをデジタルにどうやってやろうかなというのを研究者たちとブレスト(brainstorming、論議すること)してるんです。ペンダントみたいに出しておくと、しゃべっているのが全部レコードできるようになってきてるので、それを1カ月ごとに分析しているところに送り返すと、AIで分析しちゃいます。

そうすると、あなたがこの人に会ってるときにだんだんつっかかりはじめるというのは、そこまで高度な知能が駄目になってきているわけだから、それを診断の基準にすればいいんじゃないかということです。デジタルテクノロジーが役に立つというのは、こういうことです。

昔の同級生とか仲間とかの名前が出てこなくなっている。同窓会に行って人に会うと、ほら、あいつどうしてるんだっけ、あいつなんだっけ、名前が出てこない。こういう悩みってあるんだなと思います。

馬場   自分が生きてきたどこかの時点で、いろいろな人と付き合いがあったりしますけれども、その人の名前はなかなか思い出せない。しかし一旦思い出すとその人とどういう付き合いがあって、どんな人とかっていうのはすぐ出てきますよ。これは名前の索引がぶっ壊れてしまう。しかし索引が見つかって、索引の箱を開けるとその人の故事来歴がいっぱい詰まっているのですぐ思い出せる。

黒川   そう。だけど、10年前はその名前もすぐ出てきてたんですよ、実をいうと。高校の同級生なんてみんな出てきてたんだけどね。あいつなんだっけ、あいつだよ、あいつだよと、こういう会話になっちゃうんです。

馬場   それは今脳研究に没頭している、免疫機構の原理原則を解明してノーベル賞をもらった利根川進先生が取り組んでいるようです。

黒川   皆さん知っている、きんさんぎんさんですが、2人は107歳、108歳で亡くなりました。100歳になったときもすごい元気でしたが、その理由は、例外かもしれないけど、しょっちゅうしゃべりまくってたでしょう。しゃべるということは、返事をするのに考えるということが必要なんですよ。だから、これがすごく大事なんじゃないかと思っています。つまり、脳を使わなくちゃいけないからからです。今ネット時代になって、しゃべらなくなっていますからどうなるか。

黒木 認知症の人はどういう病気で亡くなるのか、診断されてから何年くらいで亡くなるのでしょうか。暮らしの障害が起こるということですが、介護がしっかりしていれば、ちゃんと生きていけるわけです。だけど同時に、人とコミュニケーションができなくなってくると問題になります。コミュニケーションが生きていくときにどのくらい重要かという問題にもなってくる。黒川さんなんかはすごい長生きすると思いますよ。

世界は死亡診断書に認知症と書く方向へ

黒川   オランダに行ったときディメンチア(記憶障害、認知機能障害など)ハウスというのを見ました。外には出られないようになっていますが、普通のコミュニティになっているんです。一つ一つの部屋に必ずベッドは、7人を1セットにしているんですけど、ラウンジとかランチタイムとかはみんな一緒なんです。外に出ると、ちゃんとセブンイレブンとか、小さい店とかムービーとかやってるんです。毎日のようにムービーが夜だけ集まるとかね。普段のアクティビティをさせていることがすごく大事だということを彼らは感じているんです。

普段のようにやっている。お買い物も自分でする。寝るときは一人。だけど、7人で一緒になって住んでいるんです。アラウアンスがあるのは、なかなかいいなと思いました。

猪熊   スウェーデンの認知症の国際会議に行き、カロリンスカ研究所の教授に取材をしたときに、認知症が直接の死因になることはめったにないけれども、進行すると肺に食べ物が入る誤嚥性肺炎とか、転倒骨折の原因になるということで、先進国では死亡診断書に認知症と記載する傾向があるとおっしゃっていました。日本でも死因の原因として認知症と書くのは徐々に増えてくるのでしょうか。海外ではむしろ記載する傾向があるという話を聞きました。

黒木   今の点に関して、オックスフォード大学にいろいろなデータがあります。そこで日本の死亡原因の3位は老衰なんです。その老衰をオックスフォードはdementiaなんです。これは老衰はsenilityで、dementiaと全然違う状態なんですけども、それはイギリスでは当然なんでしょうか。エリザベス女王にはold ageと書いてあったんです。彼女の死に方を見ていると、あれはold ageじゃなくて狭心症か何かで、それがold ageで起こったという。つまり2日間で亡くなっている。だから、老衰ではないのはたしかなんですが、老衰の概念もあいまいだし、senilityの概念もあいまい。だから、認知症で死ぬという概念も、今のように、たとえば誤嚥性肺炎とか、いろいろな死に方がある。

黒川   そうですよね。だから、認知症というのはやっぱりそういう状態があって、直接の死因は認知症じゃないと思いますけどね。

永野   この前黒川先生と各国の死因の分析表を見て、イギリスがやたらディメンチアが多いので不思議だなという話を先生としました。それと今の話と関係あるんじゃないですか。

黒川   認知症の人が誤嚥をして肺炎で亡くなったら肺炎だとは書かないと思います。

黒木   世界的に見ると日本が一番ディメンチアで死ぬ人が多いんです。

永野   各国の死因分析表を見たらイギリスだけがやたらにディメンチアがものすごく多いんです。

黒川  そうです。コロナで死んでる人がどのくらいいるのかなと思って調べたら、イギリスとフランスとアメリカはコロナが一番の死んでる死因なんですが、2番目が普通の心筋梗塞でした。コロナがなければイギリスは認知症が死因の一番になるのでしょう。

馬場   今日は認知症の取材では日本のトップジャーナリストである猪熊律子さんに登場いただきました。とくに長谷川和夫先生と二人三脚で各方面で活躍されたことは広く知れ渡っている方でございます。今日は猪熊さんありがとうございました。