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元ウクライナ大使が語るウクライナ戦争の深層(下)

2022/05/23

  国際協定を一方的に破って軍事侵攻したロシア

 坂田 ウクライナのEU、NATOへの加盟の問題は、すでにウクライナの憲法の中に書き込まれている状態になっています。なぜウクライナを支援すべきかは、今回の武力侵攻が明白な国連憲章、国際法等、ブダペスト覚書、1997年のウクライナ・ロシア長期友好協力協定違反であり、どうしても正当化できないものだからです。

関係国は、ウクライナの軍事支援とロシアに対する経済制裁、二つで対応しているように思いますけども、やってはいけないことをしたならば罰を与えるべきだと思います。

ウクライナはマイダン革命で、自分たちの国家を自由と民主主義を基本的な価値とする国につくり変えようと目指したわけです。もしウクライナにおける民主主義が生き残らなければ、世界の民主主義も生き残らないことにつながり、専制主義に屈することになるのではと、強く懸念しています。力による現状変更を認めないというのは、世界の平和と安定を守るための国際ルールであって国際秩序の根幹です。

ウクライナはすでに国内外の避難民が1200万人以上出ている。国外に500万人以上、国内に700万人以上。人口が4100万人とすると、3分の1近くになります。ウクライナ人の生活を守り、国家の再建、復興ということになれば、どれだけの時間とお金がかかるのか。国際社会が協力してくれないと駄目でしょう。
これからの世界がどうなるかということについては、グローバリズムがもう終わったような感じもしています。グローバリズムで、お互いに助け合って豊かになっていけばいいと思いますが、果たしてそういう世界が戻るのか。こういうことをしたロシアとの間でどういう付き合い方ができるのか、個人的に疑問に思うところです。

なぜロシアがこんなことをしたのかという理由について、ロシアはこれまで二つの主張をしています。一つは、ロシアの安全保障のために、ウクライナのNATO加盟を阻止すること。もう一つは、東部ドンバスの親ロ派が占領しているロシア系住民を、ウクライナの民族主義者やネオナチから守るためだと、この二つの議論があります。

最近プーチンは後者の方、つまりネオナチ、ウクライナからの攻撃からロシア人を守るということを盛んに言っています。これはもう完全なプロパガンダと私は思っています。

2008年のグルジア紛争、要するに、アブハジアとか南オセチアの問題。このクリミアの問題が起こったときに、グルジアの外務次官が言ったことは、グルジア紛争でロシアが、彼らにシンパシーを持った連中をおだてて独立を宣言させて、それで今回のように、独立承認をした。そのとき世界はかなりロシアを批判しましたが、翌年になるとぱたっと止まってしまった。そのことが結果的にロシアにクリミア侵攻を許す環境をつくったのではないか。

今回のウクライナ侵攻も、攻撃しているのはロシア軍であって、ロシアの一方的な戦争なわけです。こんなこと許せないのですが、時間が経ってしまうと忘れっぽくなるから、それを心配しています。今はウクライナを助けなきゃという西側諸国も多いですが、それはビジネスアズユージュアルみたいな取扱いになることを非常に危惧しています。

会場との質疑応答(抜粋

会場   ロシアがウクライナに侵攻したことで、フィンランドがNATOに入ろうとしていますよね。プーチンがNATOを阻止しようというのは逆の方向に今動いているんじゃないかと思いますが。

坂田   フィンランドやスウェーデンが仮にNATOに入ったとすれば、それは今回のロシアのウクライナ侵攻の結果であるので、結果的にNATO諸国が増えますよ。これはロシアにとって安全保障上、かえってマイナスなわけで、プーチン大統領の戦略的ミスだと言えると、私は見ています。

会場   予測としては、長期化するして、ウクライナが勝つという予測ができるということですね。

坂田   長期化する可能性はあると思います。ゼレンスキー大統領は決して降伏しないと言っています。国民が戦争でどんどん殺されるのであれば降伏したほうがいいんじゃないかという問いかけに対して、いや、ウクライナは降伏しない。降伏しないということはロシアが妥協しない限り続くということですから長期戦になっていく可能性があります。

会場   日本はドイツのように核シェアリングすべきだと思います。日米安保同盟って非常に弱い同盟ですよね。

 坂田   核シェアリングの方向に日本が進んだ場合に、かえってアジア地域における安全保障環境をより緊張下に置くという可能性はないでしょうか。

会場   極端な意見はありますよね。核シェアリングがないと、逆に尖閣が取られて、台湾が侵攻されるのではないかとか。

 坂田   今回のロシアによる全面侵攻というのはこれまでの秩序を度外視した行為です。ウクライナ問題は自分の問題として考える、こういうことです。核を持つかどうかは別にして、防衛力はかなり高める必要があるでしょう。

ウクライナは今アメリカや他の国から武器の供給を受けてやっと戦っている。NATOの代理戦争をやっているようなものです。アジアでもそういうことが起こる可能性はあります。そうすると、普段から軍事力の蓄積をもうちょっと高めて、そのうえでアメリカとの同盟関係の中で、アメリカの軍事力をどういう形で活用するのか。その中に核シェアリングという考え方も一つあると思いますが、そこをどうするかというのはかなり議論がいるんじゃないですか。ウクライナと日本の違いは、ウクライナ対アメリカというのは、条約上同盟関係ではないので、お互いに義務はない。ところが、日本の場合は安保条約の義務があります。

会場   非常に素晴らしい講演をありがとうございました。ゼレンスキー大統領が非常に立派で、国際的にもあちこちの国に説得力のある話をしていますが、彼が大統領になったときには、お笑い芸人がなったという報道がなされました。NATOやEUに入るという方針をはっきり出して、政治を進めてきたんでしょうか。

坂田   ゼレンスキーさんについては、出身がコメディアンだけども、彼の言っていることというのはやっぱり国民に受けたんでしょう。大統領選挙では決選投票で、現職のポロシェンコさんに対して75%くらい取って選ばれました。当初から彼は、EU、NATO志向であったことは間違いありません。ポロシェンコ大統領のときに、ウクライナは、非中立化になる法律を通しましたが、その後ゼレンスキー大統領になって、EU、NATOに加盟する憲法改正を議会で通しています。

会場   彼が最後まで戦うというのは、次々に犠牲者を出す、次の世代の子どもを殺してしまうということになりますから、どこかで停戦に持っていかないと、ウクライナの国の存在自体が危ぶまれて、とても心配です。だけど、彼はそういう妥協がほとんどないように見えるし、ロシアとの間で解決、妥協点を見つけることができるんでしょうか。

 坂田   今のおっしゃったことは非常によくわかります。しかし、降伏しないと言っているのが彼自身の判断はもとより、むしろ国民がそういう気持ちになっているんじゃないかと思います。

私がキエフにいた頃に秘書をやってくれた若い女性からのメールで、心が揺さぶられたことが二つありました。一つは、今回のロシアの侵略について、多くのウクライナ人はびっくりしたけれども、自分はびっくりしなかった、これまでの歴史的なロシアの振る舞いを見ていると、今回のことはその素顔をちょっと見せただけだと、こう言っていました。

そのうえで、日本がウクライナに対していろいろな支援をしてくれているということに感謝をし、自分が日本大使館で働いたことに誇りを持っているということを述べたうえで、最後にウクライナが必ず勝ちますと、書いてあるんです。その一言で、日本人が忘れたものを突きつけられたような気もしました。おそらく国民の大多数がそういう気持ちでいるんじゃないかと思います。だから、ゼレンスキー大統領はそれを受けて、降伏はしないと言っているんだと思います。しかし常識的に考えれば、折り合いをつけなきゃいけません。

会場   2点ほどお伺いしたい点があります。1点目は、東部ルガンスク、ドンバスですが、ロシア語を話す人たちは本当に親ロシアで、今回のウクライナ侵攻を本当に支持しているのかどうか。2点目は、ロシアがチェルノブイリ原発事故のときに非常に痛い目に遭っていながら、そこを直ちに占拠し、なおかつザポロジエやハリコフの研究所等、立て続けに原子力施設に対する攻撃をしてきたことの真の狙いというのはどこにあるのかということについてお伺いしたい。

坂田   東部のロシア語を話す方々は、産業的にロシアとの結びつきが強いですから、ロシアにシンパシーを持っている人は当然多いです。ロシアの今回の侵攻を支持しているかというと、おそらくそれはまったく別なんじゃないかと私は思います。例えばNATOに加盟することについて世論調査をしますと、ウクライナ中ではNATO加盟賛成は60数%ですが、西の方だけで取ると賛成は90パーセント近いのが、東になると30%くらいです。そのことと、今回の戦争でロシアを支持するというのはまた別だと考えたほうがいいと思います。

それから、原発への攻撃について。今回のロシア軍の作戦として、ウクライナの公共施設を占拠して、使えないようにするいうのがベースとしてあり、チェルノブイリにしても、ザポロジエにしても、そのような観点で、占拠に及んだということがいえると思います。ただし、占拠した人たちが、原発の特性や危険性をちゃんと理解したうえで行ったかどうかは、はなはだ疑問です。それから、ハリコフの物理技術研究所、これはもうまったくのこじつけだと思います。この研究所は冷戦後、ロシアの核科学者、核技術者が世界に拡散しないように、西側が協力して平和理論のプログラムをソ連に与えたわけです。その成果の発表に立ち会いました。当初プーチンが、そこで核兵器の開発みたいなのをやっていたと言いましたが、そんなものまったくやっていないです。

IAEAもそういう可能性があるということは、一切確認していません。だから真の狙いは、ウクライナが裏で核兵器開発をしている、こらしめなきゃいかん、そういう世論をかき立てるためにロシアがある種のプロパガンダをしたということではないかと思っています。94年のブダペスト覚書の結果として、NPTに非核兵器国として加盟しましたから。その義務はきちんとウクライナは果たしているはずであって、疑うべきところはないと思います。

会場   ウクライナ問題についてのバイデン大統領の役割というのを指摘されています。経済的な制裁を世界的に主導しているのはアメリカだし、軍事協力も一番強力なところはアメリカだと思いますが、アメリカの役割や影響力については、どのようにお考えになりますか。

坂田   アメリカはウクライナを軍事的に支える意味でもチャンピオンです。一定の合意のもとに停戦を実現しようとすると、一番大きな影響をロシアに与えるのが、軍事的な戦況です。どの段階でストップするかによって、ウクライナの国土がどれだけロシアに侵食されるかというのが決まります。また、すでに取られちゃっているクリミアとドンバスについて、ウクライナがどう考えるかということが非常に大きいです。頑張り続けるのであればアメリカに支援を求めるでしょうし、アメリカも、もういい加減にやめて妥協しろよと言うかどうかですね。アメリカが動かなければ日本も動かないし、ヨーロッパも動かないかもしれない。

会場   ウクライナってロシアと兄弟みたいな感じですね。だけど、日本と韓国と比べてみるともっと溝は深いんでしょうか、浅いんでしょうか。

坂田   2014年来のプロセスの中の結果と、今回の侵攻の結果、両者の間に決定的に亀裂が入りました。もはや兄弟国とはいえないでしょう。プーチン大統領の持論は、ウクライナとロシアは兄弟国である、一体であるというんですが、彼の潜在意識の中では常にロシア人が上であるという前提なんです。今回これだけの無謀な仕打ちをした結果として、我慢強いウクライナ人もロシアを許さないです。だから、両者の亀裂は決定的で、ロシアから見たらウクライナを失ったも同然なわけです。

会場   そのうえのベラルーシ。あれはまた兄弟の弟みたいな感じがするけど、それはうまくいっているからロシアの属国みたいになっているんでしょうか。

坂田   そうですね。旧ソ連の国は15カ国あるんですが、その中でロシアに一番近いのがベラルーシ、次に近いのがカザフスタン。そして、その次に近いのがアルメニア。そんな感じです。

永野(司会)   NATOが東に拡大するというのは、いろいろな論文等が出ていて、アメリカでも反対していた人も多いです。戦略的に考えて、東方拡大はやっぱり失敗じゃないかという感じもしますが。

坂田   結果論から見て、ロシアがこういう行為に及んだのは、きっかけはNATOの東方拡大、しかもその東方拡大がウクライナにも及んできたことに、プーチンが我慢できなかったというような側面もあるかもしれません。だからと言って、今回のロシアの侵略は全く正当化できません。確かにプーチンの懸念に対してアメリカとか、ヨーロッパも無頓着だったという世論があると思いますが、プーチン大統領の言い分は、東方拡大をしない約束をしたのに、結果的にそれをやって我々をだました。頭の中ではこのような構造になっているのでしょう。しかしそこまで考えるのはおかしくて、そんな約束はどこにもないのです。

永野   口約束なんですね。

坂田   口約束もない。1990年の2月に、ベイカーアメリカ国務長官とゴルバチョフ書記長が会談したときに、東西ドイツ統一後のプロセスの処理だったかの部分で、国務長官が「NATOについては東側に1インチたりとも延ばさない」と発言したことをもって言っているんですけど、それがなんらかの条約の中に明示されているかというと何もない。国務長官の一つの発言に過ぎない。国際法的にいえば、約束は何もないわけです。それをあたかも約束したかのようにプーチンが思い込んじゃっている。これはこれでやっぱり問題です。今回の侵攻で、ブダペスト覚書の約束を破ったロシアの罪が比較にならないほど重いと思います。

永野   今日のご講演は、新聞やテレビを見ていただけでは知り得ない話がたくさんありました。だいぶ頭がクリアになりました。どうもありがとうございました。

おわり

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