お知らせ

お知らせ

日中科学技術協力は進めることができるのか? 報告6

2021/09/29

PDF版はこちらです。日中科学技術協力は進めることができるのか報告6

講演 白川展之 2

 新しい科学研究の領域には弱い日本

日本はどうなんだということで分析してみます。日本は古くからある科学研究の領域には強いけれども、新しい科学研究の領域には弱いか、ほとんど参画できていないことが、一見してわかる状況です。

日本で多いのは、医学系の研究と物理と化学の研究で、日本は米中の中間の位置づけにあります。明治からの伝統がありノーベル賞も多く出している物理と化学を中心とした研究領域と戦後生まれたライフサイエンス分野は、科学技術基本計画など科学技術政策での重点化の効果が、成果として可視化されています。

一方、今デジタル化ですとか、AIとか、そういった分野に関しては、日本は圧倒的に、デジタル敗戦国とも呼ばれるような状況を迎えています。

見ていただくと、このあたりの論文はほとんど出ていません。デジタル敗戦も仕方がないような状況になっています。よく科学研究とは違いAI・IoTは、実務寄りだといいますけど、結局サイエンスマップで見る科学研究の面でも、日本の劣勢は明らかです。

ですからトップダウンでいくらお金をつぎ込んでも、タネがないところには芽が出ませんという状況が、これを見ても容易に予測いただけるのではないかと思います。

なお、日本はコアペーパー、50%で閾値を設定すると、点が3個か4個しかない状況ですので、コアペーパーは4パーセントという閾値を設定して、やっとこんな形になっているという状況です。米中とは違いますのでご注意ください。

10年以上前に十分予見できた兆し 

こういった状況は10年以上前に十分に予見できた兆しがございました。10年前に人工知能関係の一流学術誌の「IEEE Transactions on Pattern Analysis and Machine Intelligence」誌1992~2007年の1294報にある2361人の著者データを分析したところ結果が出ていました。

学位別の著者数のランキングを取ってみると、10年以上前に2007年までのデータで見ても、博士(ドクター)学位でみると清華大学は著者順位46位ですが、修士(マスター)で見ると清華大学は1位、学士(バチェラー)で見ると、十数年前から1位でした。これを見たときに衝撃的だったので、論文とレポートは別に国際会議で発表しました。

先端レベルの高い大学に優秀な学生が集まる

これがどういうことを意味しているのかと言えば、次のチャートを見ていただくと明らかです。この分野で一番強い大学は、MITだったり、スタンフォード大学だったり、カーネギーメロン大学です。そこにはご承知のように世界中から学生が集まっているわけです。

MITはすごい面白くて、マスターが多いのですが、MITでドクターが取れず、放出されて別のところでドクターを取っているという、超競争が激しい状況になっています。厳しい大学になっています。

一方、清華大学をみますと、世界中の研究大学、有力な大学にたくさんの優秀な人材を出して、博士学位を取らせているわけです。

これだけの大学の研究者で、しかもAIとか最先端の情報技術の研究で、世界的なネットワークが自然にできています。この状況で10年経ったのがちょうど今になっています。

2007年と2018年にもみんなが帰ってきて、活躍しはじめるとどうなるか。このときドクターを取った人は、ちょうど脂が乗った研究者になっていますよ。というのが容易に想像つくわけです。

それで、世界中とのネットワークがあって、さらに帰ってきて、投資も多くなっていたらどうなるかと考えたら、結果は明らかです。

この変化というのは大体兆しはあり、世界の研究者は10年前からみんな定性的にこうなるだろうとは言っていた。これが定量的に表れてきたときには、もう決定的に問題化しているという状況になっていることになります。

日本の戦略は技術流出から技冷科熱へ

ではどうすればよいのでしょうか?多様な論点があると思うので、最低限のことだけ言っておこうと思います。政治的に問題となった、いわゆる先端科学の話と、秘密で高度な技術、要は秘匿すべき技術というのは、イコールじゃないという切り分けが科学技術の振興と産業競争力の観点から重要です。しかし勘違いされている記事も多いです。

宇宙の技術をみると、準軍事的なものは絶対的に安定した枯れた技術を使って研究開発するとかいうのが当たり前です。先端的な科学とか、理論を研究することというのは、ちょっと違っています。冷静になって考えていただきたいなというのが今日の発言の趣旨です。

安全保障貿易管理の対象とする高度技術と、先端科学研究については分けて考えないといけない。いわゆる機微技術というのは、安全保障貿易管理で対象としていて、具体的な製品や軍事転用への用途が明らかなものです。

これに対して、先端科学は応用用途で競争になる以前のオープンな領域です。例えば量子力学は、それを兵器にするというのは、基礎研究をやっただけでは全然駄目で、それを応用開発するには相当な研究開発が必要です。

先端科学、特にビッグサイエンスの基礎研究の部分については、日本は、先ほど示したように投資が伸びていない状況です。中国が伸びている状況なら、むしろ最先端を吸収する機会として活用するというのが、テクノロジーインテリジェンス上も合理的な選択だろうということになります。

私は、現在教育学の科研費プロジェクトで、日本において活躍している外国人研究者とその研究室主催者を、外国人、日本人ともに、いろいろインタビューするなどのプロジェクトもやっています。

千人計画等で招聘といいますが、ここで「等」と入れているのは、千人計画ってなかなか受かるものでもなくて、千人計画を出したんだけど落ちたので、中央政府ではなく、地方政府の招聘で雇用された研究者などの事例も散見されます。基礎研究の中心で、完全にオープンな部分でやっているというような現場の声が聞こえていたりします。

確かに、言いにくい事例があるのは事実です。要は、中国の軍事研究の拠点といわれる重点大学で2カ月くらい招聘されている日本の大学の先生に、メールを中国にいるうちに送っても絶対返信が来ないとかは確かにあります。

しかし合理的に考えると、軍民一体・融合といっても、外国人を軍事研究に直接従事させるといったほどにセキュリティは甘くないです。

最近、東京大学名誉教授で東京理科大学の元学長の藤嶋先生の中国への研究室の流出の事例がニュースになりましたが、これは流出というよりも、単純に研究環境が悪化しているということの裏返しなのです。これは、先端科学の流出とかそういう話とまったく違います。

日中関係で政冷経熱といわれたのは、技術流出の時代でありました。日立製作所に勤務していた私の親の事例ですが、ほぼ無料で積極的に技術を教えて移転していたとのことです。その時代はほぼ知財もノウハウもダダ漏れだったということです。今まで、科学と技術という言葉を明確に使い分けて申し上げると、技術に関してはたぶん統制があまりにも甘かったんじゃないのかと思っています。

これからは、技術に関してはアメリカににらまれたら、日本の会社はやっていけません。だから、技術流出に関しては、機微技術じゃなくても、ノウハウも含めて、技術に関しては多分出せないという企業判断になると思います。しかし、むしろ日本の弱いAI・IoTでは輸入しなきゃいけないという状況になっています。

一方、日中の対話・交流は、過去2000年以上続いてきたので、絶やすことはできません。技術で冷やさなきゃいけないんだったら、基礎研究寄りの科学は熱くしましょうとやって、互いの認識を変えていくことをしないと、おそらく日本の中では感情的な論争になってしまうでしょう。

産業技術政策上は、経済安全保障上保護すべき技術はもうすでに流出してしまったという前提に立って、戦略を再構築して行く必要があると思います。

技術で冷やさなきゃいけないなら、絶対科学の交流というのは、冷戦時代でも科学者同士の交流というのは、デタント(緊張緩和)の第1ステップとしてやっていたわけです。基本的には、温故知新でもう1回こっちに戻るというのが重要なんじゃないのかなと個人的には思っています。

つづく