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日中科学技術協力は進めることができるのか? 報告8

2021/10/04

PDF版はこちらです。日中科学技術協力は進めることができるのか報告8

 倉澤治雄 2

「宇宙覇権」をめぐる米中の競争は今後も激しさを増すと見られていますが、それぞれ「強み」と「弱み」を抱えています。中国の「強み」は先ほど沖村さんの報告にもあったとおり、中国共産党の迅速な意思決定です。決めたことを必ずやり通すという意志の強さです。

米露、欧州などから技術導入を図りながら国産化を進めるという効率的なやり方をとっています。また豊富な資金と人材も強みとなっています。対する米国の「強み」は民間ベンチャーの活力と国際協調です。有人月着陸を目指す「アルテミス計画」でもすでに日本を含めて12か国が参加を表明しました。

一方中国の「弱み」は効率の悪さと研究者の自由の欠如です。宇宙は安全保障とも関係か深いことから、国際協調の幅が狭いことも「弱み」となっています。米国にも「弱み」があります。大統領が変わるたびに宇宙政策は変更され、NASAの栄光も陰りを見せています。また1986年のスペースシャトル「チャレンジャー爆発事故」が象徴するように、米国の製造技術の劣化が指摘されています。

宇宙を離れて自動車に視点を移すと、中国はいま電気自動車や自動運転自動車の市場が百花繚乱です。東洋のシリコンバレーともいわれる深圳市ではすでに公共交通機関はすべて電気自動車(EV)です。自家用車もどんどんEVに置き換わっています。

深圳のEVタクシー

上海のNIOという会社が市場投入するEVは、1回の電池交換で1000キロ走ると言われています。自動運転自動車でも百度という検索エンジンの会社が進めている「アポロ」というタクシーが、すでに大都市を走っています。

また先日ファーウェイが公開した自動運転システムは、人や自転車、自動車が入り混じる中国の公道でも、ドライバーなしで運転できる性能の高いもので、YouTubeで大きな反響を呼びました。

ファーウェイの自動運転自動車

また私が訪れた深圳の電気自動車メーカーBYDはすでにEVを超えて、次世代三次元交通システムの開発に取り組んでいました。次世代交通システムでは自動車・バスだけでなく、モノレールを含めたあらゆる乗り物が自動運転制御となり、人の移動と物流を最適化するというものです。

BYDの次世代交通システム

最後に1枚の写真をお見せしたいと思います。この自動車は佐川急便が導入を予定しているEVです。メーカーは中国の柳州五菱という会社です。

佐川急便の軽トラック

五菱という会社が市場に投入した「宏光mini」というEVは、いま中国で一番売れています。値段はなんと日本円で約45万円です。「宏光mini」は田舎から売れ始めました。

航続距離は約160キロですが、農作業をしたり、買い物に行ったり、自宅周辺で使う軽トラックとしては大変手軽です。しかも高圧の充電器は不要で、家庭用の電源から充電できます。

宏光mini

確かに政府がEVに補助金を出していますが、それでも45万円という価格は驚きです。いま農村部だけでなく、購買層は都市部にも広がっています。著名な経営者である日本電産の永守重信会長は、EVになれば車の値段は5分の1になると発言されましたが、中国ではすでに実現しています。

もう一度佐川急便の写真を見ていただきたいのですが、ナンバープレートに刻まれている「ASF」という文字に注目してください。ASFという会社は実は日本のベンチャー企業です。自動車の設計だけを行っているファブレス企業です。ASFは資本金わずか3400万円でスタートしましたが、6月末現在5億円近い資金を集めています。ASFは佐川急便と徹底的に配送用軽トラックの研究を行いました。それをもとに設計を行い、メーカーを探していたところ、柳州五菱と出会ったのです。

佐川急便が初期に発注する台数は7200台でした。柳州五菱はわずか7200台のために自動車製造ラインを開くことを決めたのです。デザインも日本の自動車デザインベンチャーのFOMMという会社が行いました。

先日ASFの飯塚裕恭社長にお話を伺ってきました。飯塚社長はヤマダ電機のご出身です。かねてからヤマダ電機の店頭で100万円以下の電気自動車を売ることが夢だったと語ってくれました。こうした試みは間違いなく自動車産業にパラダイムシフトをもたらすと私は直感いたしました。

まず自動車会社がピラミッドの頂上にいて、部品メーカーや販売店がその下を支えるという構造が変化するかもしれません。自動車は設計専門の会社がお客のニーズに合わせて設計し、メーカーは世界各地から自由に最適な部品を調達して、製造する体制となる可能性があります。

スマートフォンと同じ産業構造です。まさに飯塚社長が夢見た自動車が家電製品となる日が来るかもしれないのです。デザインも同様です。お客は好きなデザインの自動車を容易に手に入れることができるようになります。

もう一つ重要なことは設計やデザインを担うベンチャーと部品を作るメーカー、自動車として組み立てるメーカーが分離する可能性です。佐川急便のEVの中で使われている日本の部品はモーターとインバーターです。日本電産の製品だそうです。つまり部品やコンポーネントも汎用化される可能性が出てきました。

これは半導体と同じ産業構造です。設計などの上流を担うファブレスや設計ソフトの会社と材料、部品、製造装置のメーカー、それに最終製品を製造するファウンドリーがグローバルなサプライチェーンを構成する時代の到来です。これによりカスタマイズは容易になり、多様なEVが世界の道路を跋扈する時代が来るかもしれません。

さらに重要なのは佐川急便のEVが日本と中国の企業の協力によって生み出されたことです。それも大企業ではなく、ベンチャー企業が始めたという点です。大手自動車メーカーのように、工場を丸ごと中国に作らなくても良いことになるのです。

日本と中国の道路事情や運転習慣、それにお客様のニーズに合った設計で汎用の部品・コンポーネントをグローバルなサプライチェーンから調達して、安価でオリジナリティ豊かな自動車が誕生するでしょう。

こうして日本と中国のいいとこ取りをして、互いに知恵を出し、協調・協力できる体制を目指す時代が来るのではないでしょうか。もちろん日本と中国だけでなく、米国や欧州、アジアのベンチャーにもどんどん新しい自動車産業に参入して欲しいと思います。

つづく