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日中科学技術協力は進めることができるのか? 報告9

2021/10/09

PDF版はこちらです。日中科学技術協力は進めることができるの報告9

 パネルディスカッション 第1部 

永野 パネルディスカッションに移ります。初めに、理化学研究所・有機金属化学研究室主任研究員の侯召民さんに、お願いいたします。

 侯さんは、環境資源科学研究センター副センター長で、また先進機能触媒研究グループのグループディレクターをされています。中国のご出身で、その後日本国籍を取られて、理化学研究所で活躍されていますので、今までのお話を聞かれてどう思われたか、ご自由なコメントをお願いいたします。

 化学研究現場の視点から

侯 私のように現場で化学を研究している一研究者に機会を与えていただき、ありがとうございます。3人の方々のお話に、非常に感銘を受けました。沖村先生の中国科学技術の現状と動向と、白川先生の中国科学技術力、その国際比較と特徴と、さらに倉澤先生の、宇宙開発の視点から見た中国の科学技術力ということで、大所高所から、中国の発展と国際比較について述べていただきました。

 私自身は、化学という狭い分野の研究者ですが、その現場で感じていることと、実は、かなり一致しています。日中交流をこれから進めることができるのか、というテーマですが、今日の先生方の話を聞きますと、これはもうできるか、ということではなく、交流を深めなければならないと、強く思うようになりました。

 私は、鄧小平さんの改革開放路線直後に、1978年に大学に入り、82年に卒業して、83年に日本に留学しました。そのとき日本はジャパン・アズ・ナンバーワンの時代。日本と中国の科学や工業力の差は比べられないほど大きかったわけです。中国がいま、ここまで発展したとは、私にも驚きです。政策決定力、政策一つによってこんなに変わるのかなと感じております。将来的にどういう政策決定するのかは、日本にとっても、中国にとっても、非常に大事なターニングポイントになると思います。

 歴史の中で中国との関係を見直す

 中国は、改革開放政策のおかげでここまで発展してきており、この政策をやめることはまずない、再び中国が閉じる、ということはないだろうと思います。

 現在も、中国から世界中に多くの人が出て、活躍し、また中国に帰ったり、あるいは海外で活躍したり、世界中にネットワークができていることが大きいと思います。

 一方、日本にとっても中国との交流を閉ざすべきではないし、交流によってお互いの発展に非常に良いこ影響がある。ご紹介された、佐川急便の自動車の話もそうですし、我々の化学の現場でも、お互いに交流することによって多くの成果が生まれています。人的交流が双方に良い結果をもたらす事例は、たくさんありますね。

 日中両国は、地理的にも近く、歴史的にも深い交流関係があります。留学生のデータにも示されていましたが、日本にとっては中国人留学生の存在は特別であり、欧米とはやはり違う側面があります。特に、これからの中国がまだ発展し続けることを考えると、日中両国が互いに勉強し合うことは大切です。本日のシンポジウムが開かれた背景には、最近の米中関係の緊張感も一つのファクターでしょう。しかし、私の身近に起きていることから見て、いわゆる政治的な表の激しい言葉の応酬とは裏腹に、科学技術の現場レベルでは交流は続いており、むしろ広がっていると感じます。

 中国人科学者の国際的評価

 一例をあげます。化学論文の分野で世界でトップジャーナルとされる「アメリカ化学会誌」(JACS)には、世界中の研究者が論文を投稿します。投稿論文を選別するために、編集委員会には優れた化学者を集め、強力な審査体制を持っています。その中の「エグゼクティブ・エディター」は、投稿論文を評価し、掲載決定するプロセスで、最も重要な役割を担いますが今年の改革で、世界中から7名のエグゼクティブ・エディターが新たに選任されました。そのうち3人を中国系の化学者が占めたのです。

 中国本土、アメリカ、そして日本からは私が選ばれていますが、このほかに、論文の採択を判断する、「アソシエイトエディター」にも、中国本土から3名が選ばれています。このように、化学の世界でも、中国系研究者の評価が高まっていることが裏付けられます。

 20年、30年前、中国からアメリカの科学誌に論文を投稿し、掲載されることは、まさしく夢のような出来事だったわけですが、いまでは、その論文審査、掲載決定を任される立場になっている。これは、アメリカの懐の大きさを示すエピソードでもありますが、科学研究にとって、交流がいかに大切かを示す例だと思います。

 一方で、基礎研究と機密、安全保障の問題がありますが、これには、切り分け、お互いに両立、成立できる分野もある。国内外のライバル企業でも、秘密保持と、研究交流、情報交換は、並行して進める調整も可能です。情報を交換することによって、お互いの発展、科学技術の発展を進め、ひいては世界平和のために貢献できる仕組みも可能だと思っています。

永野 侯先生、ありがとうございます。現場にいらっしゃる研究者の、日々感じていおられる受け止め方を、率直にお話しいただけました。

 次に、沖村さん。チャットの質問で、「40年前から実施されていたハイテクパーク、中国指導者、鄧小平氏の先見性に驚きました。日本も、科学政策を中国に学ばなければならない、それには文科省の抜本的な改革が必須ではないでしょうか?」 という問いかけがありました。教育、人材育成をどのように変えて行けばよいか、お話ください。

 人材交流の大切さ

沖村 日本と中国の開きが大きくなった背景には、それそれの行政と政治の体質が随分違うということがあります。重要なことは、現地に行って情報をきちんと知ることだと思っています。。我々は2014年にスタートした「さくらサイエンスプラン」(JST主催)で、中国の研究者や学生をお招きしましたが、こんどは中国の科学技術部に、日本の行政官を招いてくれるよう要請しました。その結果、中国の科学技術部がこれまで3年間の累計で日本の各省庁から延べ590人、日本の行政官等を招いてくれました。中国の現地の状況に接した行政官たちは、「え、こんなになってる」と、中国について考えを根本から変えていました。

 各省に行って、かなりいろいろ誘って、新型コロナ感染症でいま、中断していますが、3年目、農水省など、視察行政官をもっと出さなければと、独自に派遣したりして、日本の行政の認識も変わってきました。これからも両方、交互に行き来してやるべきだと思っています。同時に、政治家も、ぜひ現地を見たうえで、現地の人、中国人と話し合ったうえでさまざまな政策決t理の判断をしてもらいたいと思います。

永野 ありがとうございます。やはり現場、実際のことを知らないで議論していてはいけないということですね。一方で最近、経済安全保障の必要性も問われていますが、東京工業大学特任教授の杉田定大さん。最近の事情をふまえてこの領域をご紹介ください。

 軍民融合の中国と、どのように連携したらよいか

杉田 日中経済協会の専務理事をやっておりました。現在の日本の企業の視点、問題意識をお伝えしたいと思います。

 最近、横浜の企業が、機微技術に関する貿易管理の関係で警察の捜査を受けましたが、結果的に不起訴になり、刑事処分されなかったケースが有りました。その過程で、関係者ががんで亡くなられるなど不幸なこともありまして、多くの日本の企業の方々に、中国とのビジネスにどう向き合ったら良いのか、困惑が大きかったと思います。この例を手がかりに、アメリカと中国の間の厳しい国際関係の下で、企業の置かれている状況をお伝えしたいと思います。

 白川先生から、「先進技術、先端技術」と「機微技術」は、ある程度分けられるのではないかというお話がありました。しかし日本の企業の立場からすると、とても難しく感じられます。特に中国は、軍民融合という、「デュアルユース」よりも一段と進化した形の軍民融合体制を敷いており、その中で、日本の企業のビジネスをどう管理したら良いか、とても大きな課題です。

 特に中国がいま、企業に寄付を求める共同富裕政策という、あらたな動きを見せ、中国内外の企業にも警戒感が強まっている状況だと思います。そういう意味では、「技術流出を防ぐ」ことも大事である一方で、協力できる領域をはっきり区分けする努力も、一段と求められます。誤解のないように受け止めていただきたいのですが、後ろ向きな対応はビジネスチャンスをなくすこともあり、ある程度攻めの姿勢を保持し、しかし守るべきものをはっきり見分ける姿勢が肝要で、その中で、日中の進むべきビジネスの領域、仕組みを考えたいと思います。

 企業協力、取り組みやすい領域

 分野としては、まず、環境、エネルギー分野があります。水素カーボンリサイクル、水処理、ごみ処理・廃棄物発電、省エネルギー、特に、水素ロードマップ策定や、水素システム社会構築のため、燃料電池車(FCV)のみらず、水素発電、水素パイプライン、アンモニアの燃料化といった幅広い分野で、連携と国際標準化の協力は始まっています。

 自動車、高齢介護・ヘルスケア、知的財産の関係など、兵器に絡まない、あるいは先進技術の中でも機微に関わるものに絡まないような領域を選びつつ、成果を求めて行くことができます。特に自動車分野は、超急速充電システム「CHAdeMO」をもっと進化させた「ChaoJi(チャオジ)」というシステムは、2、3年前から日中で国際標準化を進めてきており、これからの進展が期待できます。

 中国南部、柳州市を拠点とする「五菱汽車」の例も、日本の「AFS」が設計などの開発を担当、五菱汽車の工場で生産して、佐川急便に納める、という新しい協力関係です。

一つの協力の典型事例だと思っていますし、あるいはトヨタと商用車メーカーが組んで、バス、トラックをFCV化していくというようなプロジェクトも、大きな流れになってくるでしょう。

 日本電産は非常に幅広く、先ほどの五菱汽車だけではなく、幅広く中国のEVメーカーと組んで、小型のモーターを提供する戦略を考えています。またトヨタ、ホンダなど日本自動車工業協会と、中国の自動車メーカー団体(中国自動車工業協会)とでは、すでに自動走行の国際標準化づくりが始まっています。

 高齢介護・ヘルスケアの分野も重要です。慢性疾患の医療技術、介護サービスの自動化。健康被害を軽減するような製品やサービス。さらに食品、サプリメント、健康管理機器、活用プログラム。この領域でも、日中で組んで国際標準化できないかという議論が進んでいます。

 機微技術と研究インテグリティ

 最後に、機微技術の領域。この対応には産業界の皆さん、とても悩んでいます。今日の議論の中ではあまり触れられませんでしたが、この分野でもやはり、「独自技術を持っている」ことは大事です。一方で、米中の厳しい対立状況の中、情報収集のアンテナを張りつつ、もし「踏み絵」を踏まされた場合などに、ある程度心の準備をしておくことも大事でしょう。

 規制技術が、規制対象国に移転され「輸出とみなされる」場合、いわゆる「みなし輸出規制」の導入が注目されています。企業や大学の中でも、外国人スタッフの扱いについて、組織の中で一種の”国境”をつくる形で、その人が持ち出す技術、あるいはバックにいる企業、大学との関係を、十分チェックをしていこうという規制が、具体化しつつあります。

 大学では、従来オープンが原則であった研究環境に、国際化に伴うリスクが生まれ、その脅威に対処する「研究インテグリティ」という対応が求められています。大学の中でもセキュリティ強化が不可欠で、日本の大学・研究機関も「リサーチ・キャンパス」と「エデュケーション・キャンパス」を区別して運営しなければならない時代になっていると考えています。

つづく