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第140回・21世紀構想研究会の報告

2018/05/15

140回の研究会は、2018年5月8日(火)開催され、日本社会の格差拡大と日本の階級社会の現状認識及びその政策提言について、橋本健二先生(早稲田大学・人間科学学術院教授)に講演していただきました。

今回、21世紀構想研究会会員以外にも聴講を呼び掛けたところたちまち定員に達し、急遽、会場に椅子席を用意して対応したほどでした。

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 橋本先生は、まず「格差社会」のはじまりについて解説しました。

 1988年に格差社会という言葉が現れ、その後、2006年には”新語・流行語大賞”のトップ10に食い込みます。その後、認識度も上がり、2013年には”新語・流行語の30年”のトップ10にも入ります。「格差社会」という言葉は、「格差の拡大により多くの問題が生じるようになった社会」といった意味で国民に広く定着していきました。

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  次に日本における格差の動向について解説しました。

 橋本先生は多くの図表を活用し、データ主体で説得力のある説明で、すっと頭に入ってきます。

 格差の移り変わりを簡単にまとめると、

敗戦直後:格差小

戦後復興期:復興の地域差・規模間格差により格差拡大

高度成長期:再び格差は縮小

1970年代:一億総中流の時代

1980年代:格差が拡大に転じる

1990年代:格差社会のはじまり

と示しました。

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 格差の拡大は1980年代から始まり、90年代で本格化、以降現在まで30年以上続いています。格差拡大の多くは、階級間格差の拡大であると先生は指摘します。

  そしてその格差の背後にある階級と階級構造について、先生の解説が続きます。現代社会には、次の4つの階級が存在しています。

資本家階級:経営者、役員

新中間階級:被雇用の管理職・専門職・上級事務職

労働者階級:被雇用の単純事務職・販売職・サービス業、マニュアル労働者

旧中間階級:自営業者、家族従業者、農業など

 戦後の日本では、旧中間階級(農業等)は、政策によって45%から3%に激減しています。逆に労働者階級が25.6%から60.9%まで拡大しました。

  また、階級の固定化についても先生は言及します。データ分析の結果、階級は世襲していると言えるとのこと。豊かさや貧困は、連鎖の傾向があるのです。固定化の理由として、生産手段や技能などは家庭で継承される文化的な資質(文化資本)であり、比較的小さな努力で継承しやすいからだそうです。

  さらに、年収は男性・非正規雇用者の場合、2005年から2015年の10年で減っており、この傾向は女性・非正規雇用者にも言えます。つまり、非正規雇用と正規雇用の格差が極端に広がっており、二極化しています。これは普段から新聞やニュースなどで、私たちも肌身に感じていることです。

  ここまでで、格差社会の歴史、背景について学びました。いよいよ核心の新階層アンダークラスとする新たな階層社会の説明です。

 資本主義社会の下層階級である労働者階級は、「普通に生活ができ、次世代の労働者階級を生み育てるだけの収入があること」が前提です。

 しかし、現代の非正規雇用労働者は、それができるだけの収入を得ていない。つまり、新たな下層階級が生まれている。それがアンダークラスの登場というわけです。

 先の4つの階級にアンダークラスを追加すると、次のようになります。

資本家階級:経営者、役員

新中間階級:被雇用の管理職・専門職・上級事務職

労働者階級:被雇用の単純事務職・販売職・サービス業、マニュアル労働者

アンダークラス:非正規雇用

旧中間階級:自営業者、家族従業者、農業など

  これまでは4階級構造だったものが、4+1の5階級構造になります。

 では、アンダークラスはどのような人々なのでしょうか?

先生はここでもデータに基づく分析で、アンダークラスの実態を浮き彫りにします。

 アンダークラスの実態をまとめると、次のように示しました。

貧困:きわめて低所得で、貧困状態が一般化

不満:生活満足度、幸福感など最低

家族形成の困難:結婚できない/離死別を機にアンダークラスへ

学校教育からの排除と職業への移行が困難

健康上の問題:抑うつと絶望

社会的孤立と不安

となっています。

 この階級、アンダークラスが増大すると社会は崩壊してしまいます。早急に手を打たなければならない「待ったなし」の状況と、先生は強く訴えました。

  では、この格差拡大がどの程度、社会に影響を与えるのでしょうか。

 格差拡大の問題点として、そもそも、アンダークラスをはじめとする貧困層が大量に存在することは、倫理的に容認できません。格差が大きいことは、社会にさまざまな弊害をもたらします。

  社会的コスト(医療費や生活保護費等)の増大、公共心や連帯感の薄れによる犯罪の増加、健康状態悪化、これらが引き起こすすべての人々の生活の質の低下、等々です。また、消費が低迷し景気が後退してしまうなど、よいことはひとつもありません。

  1990~2010年の日本のGDP成長率は17.5%でしたが、格差拡大がなければ23.1%と推定されると、OECD資料を引用しながら説明は続きます。

  このような問題点と分析の結果、これらを解決する政策プランに入ります。

・労働時間の短縮とワークシェアリング

正規雇用の人数を拡大する(非正規から正規雇用に流れる)

→非正規の仕事の人手が不足する

→非正規の賃金が上がる(上げざるをえなくなる)

このループにより、非正規雇用の賃金アップと正規雇用の促進をおこないます。

・最低賃金の引き上げ EU並み水準へ(1200円~1500円に)

・生活保護制度の改善

国庫負担100%にすることで、自治体の財政に左右されない生活保護認定を行えるようにします。実態として、子どもの学資預金などで生活保護申請を諦めている人たちがいます。資産条件の緩和を100万円程度まで認めることにより、本当に必要な人々への支援ができるのではないでしょうか。

・基礎年金は税方式で

現在のアンダークラスはまともに保険料を払えないまま老後を迎え、年金をほとんどもらえない状態になり、生活保護に頼るしかなくなります。そうだとすると、基礎年金は税方式にしてしまったほうがよいと考えます。

  以上、いくつかの政策プランをご紹介いただきましたが、それを妨げるものについても説明いただきました。

 それは「格差拡大の肯定者は自民党の支持率が高い」ということ。現在の自民党政権・支持者は、格差拡大の問題について否定的な意見(格差容認、自己責任論)が多いそうです。これも調査結果から数値として出た結果として、紹介いただきました。

  最後に先生は「他の政治問題等とは切り離して政策の合意形成を」と強く訴えて、講演を終えました。

 駆け足でしたが、予定の1時間を15分オーバーする熱のこもった講義でした。

質問・意見交換コーナーに入ります。

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 Q:現在の日本のアンダークラスの人口はどのくらいか?

→約930万人(非正規の役員等は除いた実態の数)

 Q:調査データに外国人労働者は含んでいるか?

→住民基本台帳ベースなので、外国人も含んだ数字である(例外もある)

 Q:ここまで状況が悪くなっていると、革命しかないのではと思ってしまったが、この先どうなると予測しているか?

→930万人のうち、今の高齢者はあまり不満を持ってないようだ。不満が強いのはフリーター第1世代(バブル経済のとき)で今50歳位の人とこれ以下の人。このままいけばアンダークラスは200~300万人増えるだろう。

この人々が65歳で引退する15年後、保険料を払ってないので年金はない、生保は受けられるかわからない、となると、高齢者の暴発(社会に対する復讐)、ということがあるのではないか?と心配している。

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 Q:日本の低出生体重児(2500g未満)は新生児の10%くらい。アンダークラスは生活習慣病が高いことから、相関があると思われる。政策プランには女性の栄養に対する改善も盛り込めるとよい。

→今回紹介していないが健康状態調査も行っている。その結果、アンダークラスの場合、体重も身長も小さい傾向があったので、相関はあると言える。

→低出生体重児は、OECD中、日本はワーストワンなのか?

→OECD平均で6%くらいだが日本は9.6%である

→「小さく生んで大きく育てる」という日本の美徳とする言葉があるが間違いか?

→親に対する励ましの言葉であって、大きく生んだほうがよい。

 少し前までは、母体の安全を優先したため、妊娠中の体重制限が厳しかったことも影響している。

→中学の女生徒はスリム化傾向にあり、給食を残してしまう。そのまま成長して出産となると、低出生体重児の可能性が高くなるのでは。給食の観点からも改善が必要だ。

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 Q:70年代、格差是正は、よい教育を受けることでより上の階層に上がれるということで、半分以上が大学に行くようになった。しかし、現在はよい生活をしている人がよい教育を受けるという逆の状況になっている。学校教育はどうなっていくのだろうか?

→学校はいろいろな人がくる場所であり、階級構造を維持するための機能を担ってきた面がある。今後、格差是正に貢献するためには、アンダークラスに対し追加の教育を実施していくことだ。ただし、どうしても勉強を嫌がる子どもに無理やり教育を受けさせることができるのか?などの難しい問題もある。

他の政策プランとして、「大卒者と非大卒者の賃金格差をなくす」、そうすれば大学進学者は自分のやりたいことがある人に限られる。また、大卒者雇用企業から大卒者税を取り、高等教育の原資にすれば、企業は大卒者の給料を下げ非大卒者と同水準になり、学歴格差の縮小になるだろう。これを提言したことがあるが、ほとんど相手にされなかったが(苦笑)

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 Q:日本の大学間格差が他国に比べて大きい。明治時代、京都帝国大学は東京帝国大学の3分の2の予算とする、と決められた。昨年の両大学の資金を調べたがまったく同じ比率(2/3)で、120年間、維持し続けている。こういった格差をはじめ、いろいろな格差が維持されている原因はどこにあるのだろうか?

→今でも旧帝大同士で協議会があるし、他にもさまざまな過去の制度的なものを維持した協議会が継続してある。過去の取り決めを遵守するのは、日本の役人が優秀ともいえる。

教育に関して日本は、才能よりも勉強ができるかどうかで上から順に入学する大学を決めていることも問題。高校間の格差をなくす取組等も実施されており、これが進むとよい。

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 Q:日本はあらゆる社会が縦割りで、横に動けない構造を守っている。大学も階級社会になっており、助教・講師・准教授・教授というような階段状の階級社会になっており、これを私は家元制度と呼んでいる。

日本の男性社会はものを言わない、意見を言わない。そのような人物を育ててしまう教育、環境に問題がある。

 Q:アンダークラスなのに、自民党支持をしている人たちがいるが、なぜ踏みつけられていると気づかないのだろうか。

→今回の調査で感じているのは、アンダークラスは、不満が強いが格差拡大には寛大で自己責任論は否定する傾向が強い。

正規労働者は格差容認、自己責任論に動いてきた。格差縮小に積極的になってきたのは、パート主婦、専業主婦。正規労働者はだめになってきており、メインストリームが変わってきているのではないか。

 Q:スイスでは普通に大学を出るよりも、専門教育を受けた人のほうが生涯賃金が高いという例もあるが、日本ではどこに問題があるのか?

→日本では、非正規労働者は低賃金であることから、いつやめるかわからないため、企業は人材育成にお金をかけない。マニュアル労働者(非正規)でも大卒者(正規)と同水準の給料であれば、人材育成にお金をかけるようになる。高度成長期はそうしていた。人材育成のサイクルが止まってしまったことが悪循環になっている。

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 Q:アンダークラスへのシームレスな支援体制や、政策の合意形成のためにはどうすればよいのだろうか?

→日本の所得再分配機能は、OECD諸国では社会保障制度を含めても最低である。今やっていることはEUの常識に近づけようとしているだけの政策でしかない。まず政治家も官庁も共通の課題認識を持って合意形成を進めていく必要がある。

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 質問コーナーも熱を帯び、質問や意見が絶えませんが、終了時刻となりました。

 最後に馬場理事長より、

「今回のテーマは、誰もが持つ共通のテーマであり真剣に考えるべき内容で、非常に有益でした。日本人として深く考えなければならないテーマを分析、提示いただき、ありがとうございました。」

と、研究会代表として橋本先生への御礼で締め、お開きとなりました。

  「格差社会」について詳しく知りたい方は、橋本先生の最新の著書が参考になります。

書名            新・日本の階級社会

著者            橋本健二

出版者        講談社

出版年        2018.1

シリーズ    講談社現代新書 2461

ISBN    978-4-06-288461-7

 

(文責・事務局・渡辺康洋、写真・福沢史可