お知らせ

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第173回・21世紀構想研究会講演報告 (上)

2022/06/02

 第173回・21世紀構想研究会講演(上)

「暗雲漂う日本の教育現場 教師不足を跳ね返す抜本策が急務」

 講師:松本美奈(教育評論家)

司会 第173回研究会の演題は『暗雲漂う日本の教育現場 教師不足を跳ね返す抜本策が急務』です。講師は教育ジャーナリスト、上智大学特任教授、帝京大学客員教授の一方で、東京財団政策研究所の研究主幹として「教職の制度設計の再構築」をテーマに研究を進めている松本美奈さんです。慶應義塾大学法学部を卒業後、読売新聞社会部記者、教育部の記者をやったのち、編集委員を経て教育問題の専門家になられました。

松本 政府は日本の生き残りにはイノベーションが大事だと言い続けています。イノベーションの基は人づくりです。人づくりという大役を担うのは、小学校、中学校、高校の教員です。本日は、先生たちの養成、採用、労働の現状がピンチに陥っていることについて話します。

まず先生の人数が足りないという現状について。文部科学省の調査で、全国の公立の小中学校、高校、特別支援学校で、2558人もの先生が足りないということが明らかになりました。

2021年月の始業日時点で2558人不足。5月1日時点になると不足人数は2065人と、若干の減少が確認できます。学校数でみると4月始業日は1897校、5月の1日時点では1591校になっています。この間に何が起きたのか。その理由を示しているのがこちらです。

こちらの表をみると、再任用の教員、臨時的任用の教員の数が1か月で変わっているのがわかります。この間に、教育委員会、学校現場の校長や副校長先生が必死になってかき集めて、臨時の先生たちで穴埋めをしたということです。この非正規の先生たちは担任を持つことになっています。

表によると、小学校では12パーセント、中学校では11パーセント、特別支援学校では30パーセントの非正規の先生が担任を持っていました。正規でも非正規でも傍目には区別がつかないので、それでも許されてしまう側面はあります。

正規の教員の中にある「再任用教員」とは、定年を迎えた後も現場で働き続ける先生たちです。臨時的任用の先生は産休代替、育休代替。出産や育児、介護で休む先生の代わりに入ってくる臨時の先生たちという扱いです。

非正規の先生の何が問題か。まず先生ご自身の問題です。翌年度、教育委員会が雇用を継続するかどうか、ギリギリになるまでわかりません。非正規の先生にとってはとても不安です。

労働契約法で非正規の人たちも、5年間ずっと非正規で継続して雇用されていると、有期じゃなくて無期に転換してくださいと求める権利が発生します。そうなると、教育委員会としてはずっと雇用し続けなくてはいけない。それは財政難の自治体にとって困った問題になります。

そこで、前年の4月1日から翌年の3月31日までの丸1年間雇うということはほとんどない。大体3月25日とか3月20日、つまり、終業式や卒業式時点で非正規の先生を切ってしまうということが横行しています。これでは非正規の先生たちは、キャリアアップができません。キャリアを通算できない状態になっています。

3月20人あたりで切られれば、子どもたちは卒業式、終業式に担任の先生がいないという現実にもつながります。実際に、担任の先生が卒業式にいないということが現実に起きています。

非正規でも仕事が楽ということはありません。仕事は正規の教員と同じです。自治体によっても差がありますが、交通費などの諸手当が出ません。日本の教員の質保証のシステムの一つ、研修は非正規の先生には原則ありません。

つまり、非正規の先生で穴埋めをすることは、誰にとって得なのか。この点を考えなくてはいけません。

文科省は自治体ごとの状況も調査しています。東京は0ですが、福岡だと90人不足。不足率は0.92パーセント。

これをみると、東京都教育庁はかなり優秀ですね。4月始業日時点でも、5月1日時点でも、不足数はない。その東京でも年度の途中で病欠になったり、育休、産休、介護の休みといったことがあり、そのたびに人探しに右往左往している状況のようです。どこの自治体も、たとえ数字がゼロと出てきたとしても、それは瞬間的でしかない。

どこの自治体も先生が足りない、足りないと大騒ぎしているかのは、バックヤードが枯渇しているという現実があるからです。かつては人気職業で、正規以外にたくさんの補欠合格者がいました。足りなければ、代替がすぐに見つかった。ところが今は一旦枯渇すると、大変なことになる。日本の教育の現場には量がまったく足りていないのです。

量の確保はできていないけれど、質はどうなのだろう。日本の大学教員の養成については、三つの原則があります。開放制、免許状主義、大学における養成。日本の小中高の先生は、文科省が認定した大学の課程で単位を取得し、免許状を取れば先生になれるというシステムです。

基本的には大学で単位を取ったら先生になれます。終身制の免許状です。運転免許証ですら更新しないと失効しますが、人を育てる免許状については、悪いことをしなければ終身有効の免許状です。

戦後一貫して、開放制と免許状主義と大学における養成ですが、戦前・戦時中は師範学校で育てていました。一気に大学で養成しましょうということになる。大学における養成は、世界でも画期的な制度でした。当時、先進国ではどこの国でも、中等教育で大学の先生にしていましたので、世界は日本の教育システムに注目しました。

今や、開放制、免許状主義、大学における養成が崖っぷち状態です。質保証の制度として機能していないといっても過言ではないでしょう。免許状主義、開放制、大学における養成のほか採用後の研修と採用試験、倍率も質保証のシステムとして挙げることができます。まず採用後の研修。これは文科省がおこなっている教員勤務実態調査です。

日本の学校の先生はとても長い時間働いています。例えば平教員について、普通の教員の先生方は1週間あたりの学校内での勤務時間は57時間です。10年前の調査よりも4時間以上伸びていました。57時間も働いています。どのくらいの時間を研修に充てているのかという実データもあります。

これも文部科学省の教員勤務実態調査の中の表です。とても見にくいですがこの赤い線は文科省が引いて公開しているものです。表の下部の二つ、校内研修、校務としての研修という赤い星とその下の二つだけは私がつけました。これを年間280日働くとすると、小学校の教員は60時間、中学校の教員は、28時間も研修していると計算することができます。

ところが、この研修時間は1966年度に文部省がおこなった調査に比べると、激減していることがわかります。命令研修とは、校長先生が現場の先生に対して研修しなさいということを命令する研修です。承認研修はやってもいいよということで受ける。自主研修は自分たちでやっていた研修です。小学校教員では合わせて6時間24分、中学校教員は5時間43分研修していました。

2016年の調査では小学校で2時間11分、中学校では1時間30分でした。つまり、勤務の時間は長くなっている一方、研修に充てている時間は圧倒的に少なくなっている。

教員にとっての研修というのは、法で義務づけられています。にもかかわらず、1966年から2018年まで、これほど減っているという現実をどう受け止めたらいいんでしょうか。質を担保するための研修が激減している現実を重く受け止めなくてはいけません。

研修には、国レベルの研修、学校経営力の育成を目的とする研修などがあります。また、教育委員会が実施する研修もある。日本の教員研修は、世界的から高い評価を得ていた時代がありました。中でも校内研修。お互いの授業を参観して、批評する。ところが、今や子どもたちだけしか自分の授業を見てくれない。それは授業の質担保にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

  質の担保、次は採用試験をみていきましょう。

採用試験の後ろにあるグラフが採用者数、受験者数、それから赤い線が倍率です。倍率を見るとわかる通り、大体全国平均で3倍ですが微妙な数字です。3倍あればいいんじゃない思われるかもしれません。現時点では3倍が本当に受験生の質を担保できるかどうかというのは、実は大学であっても微妙です。そもそも大学という子どもの数が減っているのに定員の数が変わっていないとなると、今まで入ってこなかった層を採用しなくてはならなくなる。現代の学生の状況は昔とは違うというのは、皆様もどこかで聞かれているでしょう。教員についても同じことが言えます。
用試験をみていきましょう。

この数字にはもう一つトリックがあります。採用試験というのは一次試験と二次試験があります。自治体によって異なりますが、大体7月から9月にかけて筆記試験がおこなわれて、二次試験は8月から9月。二次試験は大体個人、集団面談。討論や模擬授業というのが大体の相場です。体育や音楽、美術、家庭、英語なんかは、実技試験がこれに加わるケースもあります。

ちなみに、この競争率、かつては小学校の教員は2000年前後は12.5倍、中学校教員では17.9倍を記録したことがありました。この倍率というのは、有効求人倍率と反比例します。有効求人倍率が下がる、つまり2000年前後というのは、就職氷河期と言われた時期です。

この時期は教員採用試験の倍率が一気に上がりました。就職がないから先生を志す人がたくさん集まった時代です。それに対して、最近は求人倍率が上がったり、人手不足といわれているので、どんどん下がっています。一番新しいので、大体2.7倍、3倍前後と申し上げましたが、2.7倍くらいです。有効求人倍率が1.72倍まで上がってきたので、この採用倍率はもう少し下がるのではないかと見られています。ただ、この採用倍率にはまだまだトリックがあります。

つづく