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第177回・21世紀構想研究会講演 報告 その2

2022/09/12

「嘘で政治家が辞める国、英国」その2

   講師:小林恭子(在英ジャーナリスト)

新首相にリズ・トラス氏が選出される

ジョンソン首相の辞任表明を受けて保守党の党首選を展開していた英国で、9月5日、新党首にリズ・トラス氏が選出されました。6日、エリザベス首相から任命を受けて、トラス新首相が誕生しています。

立候補者になるには最初は20人の党議員支持が必要で、その後何回かの投票を通して候補者を2人まで絞ります。7月末に2人に絞られ、8月と9月の頭にかけて保守党員を前に選挙集会で公約を発表し、投票の結果が決まりました。

保守党員の性格な人数は非公開ですが、約16万人とされています。最大野党の労働党は約40万人です。保守党員の約16万人のうち50歳以上が半数を超えているようです。

男性が多く、中・ 高所得者、高学歴者が多い。「ABC1」、「C2DE」というのは、どの社会階層に属するかを示しています。イギリスでは学歴あるいは収入等のタイプによって分けたりします。Aというのが高所得者あるいは高学歴者で、学歴、所得が低い順に「E」まで分化されていますが、職業も分類要素の1つです。イギリスの人口が6,700万人で有権者が4,500万人、その中のほんの一部の人、保守党員である約15万人が将来の首相を決めることになります。これでよいのかという問いは常にあります。

トラスさんとスナクさんの公約に大きな違いは見られませんでした。つい最近まで同じ政権にいたせいもあります。

党首・首相になったらすぐに減税すると言っているのがトラスさんです。保守党というのは減税で知られる政党ですので、そういう意味では正統派かもわかりません。一時的には増税するんだけれども、後で減らしましょう、責任ある財務体制を取っていきましょうというのが スナク元財務大臣のほうです。

トラスさんのほうは女性で、閣僚経験がスナクさんよりも豊富です。貫禄がありアピール力とか信頼力もあります。スナクさんもトラスさんもイギリス生まれではあるのですが、スナクさんのほうはインド系で、若さがありまして、 清廉潔白のイメージがありました。お酒は飲みません。いつもきれいなピシッとアイロンをかけた白いシャツを着ています。

スナクさんは閣僚経験が財務大臣になった今回が初めてでした。そして、スナクさんの妻はインドの億万長者の一家の娘です。非常にお金があって、一時外国に住むという税金対策をしていました。それもあって、自分の妻に対してのスキャンダルがわっと出たことがあったのです。

そのときに政治の現場から身を引き、あまり公の場に出ないようにしました。メディアの応答を見ても、必ずしもしっかりと答えない場面がありました。スナクさんは誠実ではありますが、政治家のトップである清濁併せ呑むという力量やキャンダルに対して堂々と説明する力がありませんでした。

今回の首相の辞めさせ方として、この人は駄目だなと思ったら、閣僚とか政府官僚が一気に辞表を出す形が取られました。普通でしたら議会で政府の不信任案を出して、その不信任案が可決され、政権交代という道があるのですが、辞表を一気に出していったために現状維持が不可能になってしまいました。

こういう形を可能にしたのが、ネットとかソーシャルメディアです。実際に会ったりとか、電話とかではなくメッセージアプリ、WhatsAppとか、LINEなど。わっと一気に支持を集めたり、反対することができる。Twitterも使ってやっている。ソーシャル・メディア・ネットワークの力というのが一気に辞任の声が広がった理由の1つです。

辞任が発生する構造としては、この政治家は駄目だなと本当になったときに、辞任コールの機運ができていくのですが、イギリスでは、まず、メディアがなぜこの政権が駄目なのか、この政治家が駄目なのかという報道を出していきます。

それを野党が議会の場で増幅していきます。「こんな悪いことをやっているんだ」、と追求していくのです。今度はメディアが「野党はこんなことを言っているよ」とその声を増幅していきます。こうして権力批判の気運ができていきます。

メディアや野党が言っていることに正当性があって、国民が納得すれば、トップ交代の機運ができていくということなのです。

ただし、トップが急にいなくなった場合に、国が混乱に陥る可能性もあります。政治の選択肢があることが政権交代の前提になります。

欧州でもハンガリーやいくつかの東欧の国、トップの独裁(強権政治)がずっと長く続いている国では、政治家がメディアを巻き込んでいるのです。たとえば自分に近い、あるいは与党に近い人がメディアを所有して、言論や政治の選択肢がない状態にしていきます。国民の間にどれほど不満があっても、どれほど批判が出ても上の人は変わらないのです。

イギリスの場合は、一応政権交代ができる野党があるので、政治の選択肢が あります。上の人が変わっても、次に出てくる人がいるということです。それがないとやはり政治の不安定化、国の不安定化につながっていくと思われます。

ジョンソン氏は今後どうなるのか。党首ではなくなっても人気者です。これから回顧録を書いたりして生活の心配はないと思う一方、責任問題については、閣僚や議員の行動規律をチェックする委員会が、コロナ規制下の官邸での活動が合法だったのか、違法だったのか、ジョンソン首相の発言を今も調査しているのです。

今年1月、首相はコロナ規制を守ったという主旨の発言を議会でしています。ところが、4月にはロンドン警視庁の捜査が入って、違反で罰金を科されています。5月には言い訳のように、「規則を守ったという発言は間違っていたが、自分はコロナ規制を守っていたんだ」と発言しています。

ジョンソン氏が議会で間違った情報を表明したと委員会が結論付ければ、下院議員の職務を10日間停止されます。その間にもし地元でリコールが発生した場合、補欠選挙もあり得ます。そうした場合に下院議員でなくなることもあり得ます。

閣僚とか公務に就く人が嘘をつく、あるいは「ミスリード」つまり間違った情報を与えて、間違った印象を与える場合があるとします。真っ黒な嘘ということではないのですが、ミスリードという言葉がよく使われています。

「嘘をつく」という言葉で説明していきますが、嘘はご法度で、もちろんこれは日本でもそうだと思いますが、その根拠になるものとして大臣規範(「ミニステリアルコード」)というのがあります。大臣は正確で真実の情報を議会に提供し、意図的に間違った情報を提供した場合は辞任を届け出ることになっています。

「ノーラン原則」という官僚についての決まりもあります。公務に就く人は正直でなければならない、嘘をつかない。もし意図的に議会に間違った情報を与えた場合には、議会侮辱になる。ノーラン原則は法律ではありませんので、 違反して罰則があるというものではないのですが、ただ嘘をつかないことが期待されているのです。

もし嘘をついた場合は、自ら辞職するのが当然の結末になっているわけです。議会、あるいは議会の発言が非常に重要であるというのは、議会の発祥と発展の歴史にもつながってくるのですが、公人が何を言うか、その言葉を重視するのですが、それは公人への期待があるということです。

国家公務員制度の公務員・官僚についてのいろいろな規定を見ましたが、国家公務員はイギリスには約40万人おります。19世紀末、ノースコート・トレヴェリン報告書が出ていまして、官僚は原則として誠実、客観性、公平性を持つこと、と書いてあります。

現在も公務員規定の中には公平性を維持し、特定の個人を不当に優遇する、あるいは特別視する行為をしてはならないとか、自分の政治信条にかかわらず、公平さを維持するのに公務を行い、政治の配慮によって行動を起こしたり、政党の目的にかなうために公的資源を使ってはならない、とあります。政治的中立性が求められているということです。これはもちろん、日本でもそうだと思います。

実際にはどうなのか。元高級官僚のマーティン・スタンリーさんという人にお話を伺ったのですが、国家公務員は政治的中立性の意識が徹底しているそうです。与党の政策運営を支えるプロという意識があって、政治家もこれに敬意を表して違法行為を依頼しないというのです。

1956年にスエズ危機がありましたが、当時のイーデン首相が官房長官に関連書類を破棄させたのが唯一の例外だとスタンリー氏は言っていました。ただ、明るみに出ていないものはわかりません。ですが、一応このようにみんなが考えているということです。

政治的中立性というのは公文書管理にも関連してきます。イギリスでは記録を残すことを重視しています。国民のために残すという考えであり、イギリスの国の維持のために残すということです。将来の世代のため、みんなのために残すということを非常に重要視しています。安倍政権時代に、いわゆる「森友事件」に関連して日本で公文書改ざん事件というのがありましたけれども、イギリスにいた私には、大変衝撃的でした。

日英の公文書管理の目的を見ますと、やはり同じようなことです。行政が適切かつ効率的に運用されるようにすること。行政の活動を現在および将来の国民に説明する責任を全うされるようにすることです。

イギリスは、社会のオープン性、透明性、政府の過去の行動や決定事項を記録し、政府に長期的な記録を提供する。調査研究を支援し、研究者や一般市民のニーズに応えるとあります。

イギリスの国立公文書館に行きますと、「あなたのためにこのデータがあります、どうぞ使ってください」というスピリットを非常に強調しています。記録がたまたまそこにあるのではなく、皆さんのものを扱っていますのでどうぞ使ってくださいというメッセージを出しています。一般市民のニーズに応えるためにオープンにしていると言うことです。

寄り道なのですが、なぜ記録を残そうとしているのか。それは公文書は歴史の記録であると考えるからです。公文書の「公」は、「パブリック」という意味です。官僚とか政府とかお上とか、上のものではなく、公、パブリックです。私たちみんなのものなのです。

その歴史の記録であるので、大事にする、と。広い意味では民主主義です。一人一人の人に属する歴史なので、これを記録する。みんなの歴史を記録するということです。

その中で、これは隠したほうがいいとか、当時の政府あるいは官僚が失敗した例、あるいは出したくない例、無様な例でもあえて出すということも聞きました。ただし本当にまずいものは出していないのではないかと常識的には思いますけれども、一応そういうことをよく関係者から聞きました。大学の研究者などからも聞きました。

情報を残していく意味

 なぜ残そうとするのかという部分にもつながるのですが、情報があることの強みをたぶん感じているんだと思います。情報を分析する、情報を集める、歴史を分析する。世界の中の英国のインテリジェンス、ドキュメント、データ。情報収集と記録を一つの国家戦略として捉えているということだと思うのです。

こうした戦略は、MI5やMI6、世界の通信を傍受するGCHQ(政府通信本部)が存在することでも、すでに世界に広く知られています。どんな情報でも記録に残して分析し、世界の中でイギリスの地位を固め、そして世界を牛耳るあるいは世界を眺めるという、そういう視点がありますので、一つの国家戦略という部分があると思います。最終的には国民のためにということがあるわけですが、やはり国民として、国家戦略として情報を集めて、どんな情報でも集めて、分析して、国としての地位を確立していく、維持していく、生き残っていくということを常に考えているのではないかと思います。

嘘をつく政治家を許さないというのはどこの国でもそうです。官僚に政治的圧力をかけて、やりたくないことをやらせる。そんなことにしないようにするにはどうしたらいいか。

嘘をつくだけではなくて、いろいろな不正を働く政治家もいます。国民が選んだ政治家ですけれども、国民の利益に反するような不正を働く政治家もいます。そういう人を排除するにはどうするのか。嘘をついたり不正を働いたことがわかったときには、処分の対象にすることです。

メディアの報道姿勢への要望

メディア報道も政権批判を常態にすることが重要です。中立という考えもありますが、そうではなくて、あくまでも国民のためにやっているという視点を持ちながら、権力のある人には何か隠していることがあるんじゃないかというクリティカルな視点を持って報道するべきではないか。

日本ではいま、安倍元総理の銃殺事件をきっかけに、旧統一教会問題、あるいは国葬の是非をめぐって、国民的関心が高まっています。日本のメディアには、もう少し能動的に頑張って報道をしていってもいいんじゃないかなと感じています。

おわり