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黒川清先生出版記念講演会 「どうする日本、このままでいいのか」 

2023/01/12

どうする日本、このままでいいのか
黒川清著「考えよ、問いかけよ 出る杭人材が日本を変える」
(毎日新聞出版)
出 版 記 念 講 演 会 &トークショー

日 時 2022年11月28日(月) 午後2時‐4時
会 場  紀伊國屋ホール(東京・新宿) 

第1部 黒川清先生記念講演
進行(馬場錬成理事長)

黒川清先生の出版記念講演会を開催いたします。講演のテーマが、「考えよ、問いかけよ あなたが日本を変えるのです」となっております。第1部は記念講演、第2部は、ビッグトークショーとして黒川先生、安西祐一郎先生、そしてモデレーターは橋本五郎さんにお願いしております。
それでは早速始めたいと思います。黒川先生、どうぞご登壇をお願いいたします。

日本人は調子に乗る国民なのか
黒川:こんにちは、よくいらっしゃいました。日本はエズラ・ヴォーゲルさんが書いた「ジャパン・アズ・ナンバーワンJapan as Number One: Lessons for America」に浮かれていたのは、1980年から90年くらいまででしょうか。その本は、売れしました。


著者はハーバード大学の教授ですが、もともとは中国問題の研究者でした。アメリカから日本経由でしょっちゅう中国に行っているうち日本にも興味を持ち、研究を始めて書いた本がバカ売れしたものです。

ああ、そうか。褒めると調子にのることが分かってしまったのです。外国人記者クラブで話題になり、その当時いた「フィナンシャル・タイムズ」のビル・エモット日本支社長が、バブルがはじけたころ、「日はまた沈む ジャパンパワーの限界 The Sun Also Sets」を書きました。これはそんなに売れなかったのですが、「調子に乗る日本人」の本質をちゃんと外から見られているということになりました。

大学卒業とエリートはつながるのか
日本は今、元気がない。GDPはこの30年、日本は増えていません。その間、アメリカなどG8の国は2倍から3倍ぐらいになっています。日本だけ増えていない。今、円が弱くなって、みんなあたふたしているけれど、それには長い背景があるわけです。戦後成功した日本モデルが、続かなくなっているのです。

戦後から振り返ってみると昭和20年代ですが、日本では大学に進学するのは3%くらいでした。つまり大学に行くという人たちは、それなりのエリートであり、その程度の人しか必要なかったという状況でした。ヨーロッパを見ても似たようなものでした。
東京オリンピック開催の1964年。あのころは経済成長しましたが、その4年前の1960年ぐらいになると、大学進学率は10%程度でした。つまり大学に行くという人は、それなりのエリートなり、社会での役割がそうなっていました。

アメリカの大学の歴史を見ると最初は男女別々の大学になっていました。誰でも知っているハーバードとかプリンストンなどは男だけの大学でした。そのころ女性には、ラドクリフ(Radcliffe College)という女性のための小さい大学がありました。コロンビア大だとバッサー(Vassar College)です。第二次大戦の後に男女共学になっていきました。というのがごく最近の話で、いわゆる1960年以後の話だと思っています。
その後アメリカの男性は、徴兵制で18歳から19歳の人が軍にいき行きますが、戻ってくると、GIビル(退役軍人援助法)をもらって、パブリックの大学に行けるようになり、カリフォルニア大学とかテキサス大学などができて、大学進学も増えていきました。
日本も事情は違いますが同じパターンで大学進学率が進み、2000年ぐらいになると日本は半分の人が大学に行くようになっています。

いい人材を社会に出す視点が大学入試から必要
振り返って、ちょっと思って考えてみましょう。皆さん、ケンブリッジとかハーバード大学に入るのに、入学試験があると聞いたことがありますか?
ないですよね。向こうはどういう学生を入れたいのか。卒業させて社会にどんどん出ていくとき、どういう人を「育てたか」ということで、大学の価値が分かってきます。
日本は東大が一番だと思っていますが、それはどうしてなのか。入学試験が一番難しいからですが、この入学試験で一生懸命勉強し、東大に人って確かに頭はいいというけれど、「頭がいい」というのは一体何なのかということも考えなくちゃいけない。常に「なぜ?」ということを考えることはすごく大事だと思うのです。

ハーバード大には、日本の大学入試のような入学試験がないのです。採りたい学生を採るという思想で選抜するので入試方法が違うのです。入試はありませんが、どういう人を育てて社会に出すかということに重点を置いています。
もう一つアメリカの大学で注目したいのは、寮生活が必要かということを議論している点です。有名大学では少なくとも1年目は、寮生活をしなければならないということになっています。

例えばブリンマー(Bryn Mawr College)に留学した津田梅子の例ですが、当時はまだ女子校ですが、岩倉使節団で6歳の時にアメリカに行きました。10年間経って、16歳で帰ってきて英語しかできない。そこで津田は、私は教育がしたいということから再びブリンマーに留学して、4年間全部寮の中で過ごしています。
さて、そうやって卒業した人たちが日本で何をしたかというと、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれるぐらいに成長していきました。それが突然、30年ぐらい前に止まったのはなぜでしょうか。これも考えてください。

DXは1995年から始まっている
デジタル・トランスフォーメーション(DX)について考えてみます。1995年にWindows95が出てきて、多くの人がラップトップを使うようになりました。一気に使いやすくなって、世界中につながります。今DX、DXと世間も政府も言っていますが、それは30年前の話じゃないのと私は言っています。
皆さんラップトップ使っていると思いますが、まだ紙でやっていることがすごく多くなっています。デジタル・テクノロジーは世界中にどこにでもつながります。どこにいても、すごいスピードで飛んできますから、基本的に物は隠せなくなっちゃったということですよ。

なぜ日本のGDPが増えなくなったか
例えば、一生懸命勉強して、いい大学に入る。これは偏差値入試です。大した勉強をしなくても卒業させてくれます。一流の銀行に入って10年もすれば、それなりのバンカーになると思います。しかしその人は、例えば別の銀行に移れますか? 移れませんよね。移りにくいですよね。なぜか日本では、「それはやめた方がいいんじゃない?」と言われます。

偏差値の高い大学の工学系に入ったら、ほとんどの人はエンジニアになります。エンジニアになってトップクラスの製造業企業に入社して10年、15年もすれば、それなりのエンジニアのプロじゃないですか。その人、別の製造業企業に移れます? 移りにくいですよね。そんな国あります? ないでしょう。

ほかの国ではどこでも移れますよ。あなた立派なエンジニアとかバンカーなんだから、移ろうと思えばどこへでも行ける。日本で移れないのはどうしてなのか。会社の上司に、「あなたの意見違うよ」とは言いにくい。どこにも移動できないからです。
陰では「うちの係長は」と悪口を言ったりしていますが、係長、課長、部長と昇進するにしたがって、陰では悪口言っても面と向かうと「御意」と言ってOKするわけです。それというのも、どこにも動けないからです。
取締になって遂にトップになる。経営者としてやるべきことはもちろんありますが、下のときに文句言っていた人が、思い切ったことをやるでしょうか。

大学も同じです。ずっと同じ大学にいて、そこの教授になろうと思っているだけではないですか。途中から抜けることは、なかなか難しいんです。不思議です。これでうまくいっていたんです。なぜうまくいったのか。
ジャパン・アズナンバーワンと言われるようにエコノミーはよかったのですが、直近30年は経済がほとんど動かなくなった。国民は不満だし不安だ。これを私は、縦社会の終焉だと思っています。

横に動けない人と外に出ない人
以前、ドクターをとるとポスドクとして海外に行っていました。大学でも、大きな企業も随分やっていました。「ハーバードビジネススクールに行ってきたよ」とか言っていましたが、まともな人が帰ってくるわけじゃない。向こうでそのままいる人というのはほとんどいませんでした。

私の場合、お医者さんになった理由は、父親も祖父も内科医であり、うちは代々内科医だからと言われる長男だったので医学部を卒業しました。医学博士になってから、ポスドクという接遇で行く人がすごく多かった。私も先輩に言われて2、3年で帰ってくる予定でした。
ところが面白くなって、そのまま居ついてしまった。そうなるとサバイバルゲームしなくちゃいけなくなる。同じレベルの30歳から35歳くらいの人たちと論文で競争していくわけです。あるとき私、内科のチェアマンに呼ばれて、「あなた頑張っているね」と言って褒められ、「あなたはどうやって稼ぐの?」と聞かれました。つまり給料くれるわけでなく、自動的にお金が来るわけでないのです。特に医学部はそうですが、どうやって自分で稼ぐのかという話なのです。相当勉強してカリフォルニアの医師になりましたし、内科の専門医として自分で稼ぐ医師・研究者として頑張りました。

アメリカに14年いて4回移りました。誘ってくれるところに移りますけどディビジョンヘッドにもなり、これでまあいいかなと思っていたのです。そうしたら案の定、東大の教授に戻る話が出て帰国しましたが、教授になるのは選挙で選びますから、私が一番に挙げられても、ちゃんと落ちました。東大で助教授を何年かやった後で教授になりました。
定年まだあと1年というとき、今度は東海大学から「医学部長で来ませんか?」という話がありそっちに移っていきました。日本ではあり得ないようなことが起こり、いろいろなことをやらせてもらえました。

外から見ると日本の弱点が見える
非常によかったのは、個人の資格で外でキャリアをつくって仕事をしていても、日本人であることは絶対変わらないから、日本の弱いところ、変なところがすごく気になります。一番それを感じたのは、ベトナム戦争のとき日本は、ベトナムのボートピープルを「受け入れない」と言いました。私はそのとき恥ずかしいと思いました。ボートピープルで逃げてくる人をとってやればいいじゃないかと総領事館に言ったことがありました。

若いときに個人の資格で外国へ行っていると、日本の弱いところやヘンなところが分かるのです。これは健全な愛国心であり、世界から見た日本はどうあるべきかという考えになる。
さてジャパン・アズ・ナンバーワンの時代を過ぎ、30年ほど前からGDPが増えなくなり、その一つは冷戦が終わったということと、ネットの時代になったことです。横に動けない人たちばかりになり、これを何とか考えなくちゃいけないというのが今の私のテーマです。
どんな社会でも、上に上がる人は大学の教育を受けている人が多い。昭和20年(1945)で3%、1960年に10%です。それでもイギリスより多いのです。ヨーロッパはその頃まだ5、6%しか大学に行けませんでした。戦後どんどん大学が増え、みんな行くようになったけど、大学はレジャーランド化したとか、みんな勉強しないという話になっしまった。今、大学は増えていますが人口は減っています。大学も困っているのです。

大学ランキングの下落惨状に歯止めをかけるにはどうするか
先ごろイギリスの高等教育専門誌「Times Higher Education(THE)」が世界大学ランキングを発表しました。日本でトップは東大の35位でした。教育、研究、被引用論文、国際性、産業界からの収入の5つの分野について、13の指標で各大学のスコアを算出しているのです。
近年、中国の大学がめきめき上がってきており、東大はずるずると下がり続け、日本は総崩れのような様相になっています。

世界中で若い人が大学をどんどん動くようになり、留学生が増えてきました。大学ランキングをネイチャー(Nature Index)で始めたのが2002年だったと思います。イギリスはそういうところが本当にすごい。どこの大学がいいだろうと世界中が知りたいわけです。
もともとこれはアメリカでやっていたシステムです。アメリカの場合、田舎だと、どんな大学があるかあまり知りません。ある週刊誌が年に一回、アメリカの大学のランキングを出していました。これを世界の大学で出してきたのは、マーケットが非常に大事だと考えるイギリス人だなと思います。
一方、研究のアウトプットも国として、論文がどれだけ出ているか見ることができます。論文数でトップになったのは中国です。
中国が昨年初めて1位になりましたが、その前はずっとアメリカでした。日本は3位だったものがドイツに抜かれて4位です。

国・地域別論文数の「2,007~09年」「2017~19年」のトップ10
(Science Portalから転載)

次に注目度の高い論文をみても、日本の凋落は明らかです。これは世界の中でその国の研究成果レベルを判断する目安とされていますが、日本は、20年前は4位、10年前は5位につけていましたが低下傾向に歯止めがかからず、日本より人口の少ない国にどんどん抜かれています。

「Top10パーセント補正論文数」の「2007~09年」「2017~19年」の上位10位

(Science Portalから転載)

なぜインパクトのある論文が出てこないか、その原因を私なりに分析すると、大学では教授のテーマを大体、研究室全体でやっているからです。つまり横に動けない結果です。20年前、日本はいいところにいたのです。
もともと研究者は、自分のキャリアをそのテーマにしてどこに動いていってもいいわけです。自分を評価する先生のところに行こうとすればいいのです。しかし日本では、アメリカなどにポスドクで行った人、あるいはPh.D.を取りに行った人は、日本に帰ってくると結局、横に動けない大学に入り教授になる。研究機関の研究者もそうです。戻ってくるのは出ていった機関・組織です。

これが日本の一番の弱さじゃないかなと私は思います。低落傾向に歯止めをかかるのは、縦社会の終焉ということじゃないかと思います。つまり、1人1人がドクターとかエンジニアであるかを自覚し、大学でも企業でも横に動けることが大事なことです。トップが何をするかというのも大事だし、政策として何をするのが大事だということです。

ユニクロと笹川財団のスカラーシップ
やっぱり若い人には、外に行かせた方がいいということから実行している企業があります。ユニクロです。ユニクロの経営者の柳井正氏はすごい人だなと思いますが、最近、アメリカとかイギリスのそれなりの大学に入った学生には、1年間大体1,000万円、3年分か4年分のお金を出しますと言い出しました。

笹川財団の笹川陽平さんも同じことを始めました。笹川財団は数百人から1,000人ぐらい、奨学金提供を始めたのです。私はこの間財務省、文科省ともブレストしましたけど、日本の政府も大学に行く優秀な高校生をどうやって支援したらいいか考えてくれと今言っています。外に行くと将来のリーダーと一緒に仕事することもあり得ますし、もう子供じゃありませんから、日本の弱いところ、いろんなことが分かってきます。健全な愛国心が出てくる。

さらにどこかに入っても、途中でよそのもっといい大学や企業に移るとか、世界に飛び出すこともできる。国籍を変えても日本人、あるいは日本を思う気持ちには変わらないのです。そういう人がもっと外にいないと、これから日本はますます島国の中でシュリンク(収縮)してしまうぞということを言いたいと思います。二つの企業と財団が大きなスカラーシップをつけてくれたというのは、一つのブレークスルーです。ぜひ大学も企業も何をできるか。政府としても何ができるか、もっと考えてくださいということを私は言っております。

出でよ出る杭と変人
本日のサブタイトルで「出る杭人材が日本を変える」と言っていますけど、私のような十何年もアメリカでお医者さんやって、大学でやっていたなんて、大体「出る杭」ですよね。あいつは変人だと思われていたのですが、実はもっともっと、そんな変人が出てほしい。5%でも10%でもいれば、その間に世界中の友達ができてしまうし、日本を思う気持ちはものすごくできるのです。日本の変なところを直そうという心のある人たちが増えてくる。出る杭は大事だと思います。
この企画を一緒にしている安西祐一郎さん、慶應義塾大学の先生で学長をされていて私も尊敬している学者の一人です。中央教育審議会会長、日本学術振興会理事長などいろいろ教育、研究施策の国リーダーになっている先生ですが、最近こんな本を出しました。

こんな厚い本です。全部英語で書いている。安西先生は情報科学、認知科学についてずっと研究しているのですが、それをこんな1冊にして出しています。さらに「人は何のために学ぶのか」という問いに、哲学から迫りたいと考えた安西先生は、文献を読み込み、900ページ近い論文を書き上げました。これで二つ目の博士である哲学博士になっています。
このような方が日本のトップにいるということは、すごく大事です。このような学術研究者がもっともっと増えないと、日本の教育、ビジネスなど全てのところが厚くならない。縦社会というところが、もう限界に来ているのです。

ご存じのように日本の65歳以上の人口比率は28.4%になっています。その一番の問題は、若い世代の出生率が減っているからです。女性しか産めないのですから、女性がもっと産みたいと思う社会の環境や制度があると思います。
これをどうしたらいいか。皆さんとこれを考えないと、日本社会はお年寄りばかりになってきます。女性がもっと子供つくってもいいよねという気持ちになるような社会をどう作るか。いま大変なところに来ているなというのが私の意見です。
縦社会の終焉と思っていますが、皆さん、何ができるでしょうか。考えてみてください。

進行:黒川先生、どうもありがとうございました。それでは引き続きまして、ビッグトークショーを開催いたします。それでは、出る杭の代表である黒川清先生、それから認知理論の大家であります安西祐一郎先生、それから、テレビでおなじみの橋本五郎さん、どうぞご登壇をお願いします。

第2部に続く