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第198回・21世紀構想研究会 「フッ素水道水が皆無の日本の不思議」

2025/02/28

第198回「21世紀構想研究会」
2月24日(月)午後8時から10時まで

 「フッ素水道水が皆無の日本の不思議」
~世界の常識が日本では通用しない実例をむし歯予防で説く~
講 師  筒井 昭仁先生(歯科医、歯学博士)

 馬場錬成・21世紀構想研究会理事長

本日は、フッ素水道水によるむし歯予防に長年取り組んでこられた福岡歯科大学元教授の筒井昭仁先生に、世界でその効果が認められて普及しているにもかかわらず、なぜ日本では広がらないのか、「世界の常識」が「日本の常識」にならない不思議な状況を語っていただきます。

この問題には実は私も、個人的に深い縁があります。読売新聞社で論説委員をしていた26年も前に、全国紙で初めてその必要性を社説でとり上げました。しかし、世界で広がっているフッ素水道水は、今でも日本では皆無という実情です。

 筒井昭仁先生

ご紹介いただいた筒井です。簡単に自己紹介しますと、九州歯科大を卒業した後、新潟大学歯学部で予防歯学の研究を始め、福岡歯科大に移り、助教授、教授と研究・教育に取り組んできました。その間、アメリカ国立衛生研究所(NIH)など海外でも研究員生活を送りました。 こうした時代に、馬場さんに書いていただいた社説をお示しします。私たちが設立したNPO「日本フッ化物むし歯予防協会」に来ていただくなど馬場さんにはお世話になりました。以来、いろいろ努力をしてきましたが、まだ及ばずといったところで、そのへんの事情もお話ししたいと思います。

 むし歯予防の基礎とフッ素利用の2方法

フッ素がむし歯予防に効果があるといいますが、大きく分けて二つの方法があります。一つめが歯の表面にフッ化物を塗布するなど外部から作用させて良い歯をつくる方法です。もう一つが体内から作用させる方法です。水道水や牛乳、錠剤などの形で体内に取り入れ、血液を通じて形成期の歯を丈夫にするというものです。

今日の話には「ppm」という単位がよく出てきますが、これは簡単にいうと濃度のことです。1リットルの水にフッ素1㎎を溶かすと1ppmというわけです。

さて、むし歯予防というと「歯磨き」と昔から言われてきましたが、これまでの調査・研究から意外なことが分かってきました。歯ブラシで歯をゴシゴシ磨けばむし歯にならないというわけではなく、いかにフッ素を作用させるかが重要だということです。磨くこと自体は歯周病の予防になるので無駄だというわけではありませんが、歯の隙間などには効果は及びませ ん。そのため、一定濃度以上のフッ素成分を含む歯磨き剤で磨くことに意味があり、できれば歯磨きの後、ブクブクと水で口をすすぎすぎないことです。口をすすぎすぎると、フッ素成分が流されて効果が薄まってしまいます。 

歯の表面から作用させる他の方法として、小さいお子さんの歯へ直接フッ素を塗布したり、小学校や幼稚園、保育園で行っているフッ素水でうがいしたりする方法もあります。

水道水などを通して経口摂取する方法が一番簡単ですが、これについては後程、世界の実情の項目で紹介します。

 どの食べ物・飲み物にもフッ素成分が

そもそも「フッ素」とは何なのでしょうか。地球上には89種類もの天然元素がありますが、フッ素は17番目に多い元素です。岩石でいうと蛍石に多く含まれ、主成分はフッ化カルシウムです。

あまり知られていませんが、身の回りの食べ物、飲み物には濃度の差こそあれ、どれにもフッ素が含まれています。そもそも土壌には1kgあたり平均280mg(280ppm)のフッ素が含まれており、ここで育てられた野菜や果物、穀類からはじまり、家畜の餌を通して取り込まれる牛乳、牛肉までいろいろあります。ビールや食塩にも結構入っています。

海にもフッ素がありますので、魚介類や海藻にもフッ素が含まれています。皆さん、知らず知らずのうちにフッ素を取り入れているわけです。

 フッ素は「必須栄養素」

食べたり飲んだりしたフッ素はどうなるのか。消化の過程で血液に取り込まれ、人体にとって欠かせないフッ素は歯や骨の成分になります。また、不必要なフッ素は排泄されるため、不必要に蓄積されることはありません。

人体を構成する元素は、酸素、炭素、水素、窒素などが多いのですが、フッ素は13番目に多く、体重70㎏の成人の体内に歯や骨の成分として3gのフッ素が含まれています。

むし歯の発生予防や歯質強化による将来のむし歯予防に欠かせないため、世界保健機関(WHO)はフッ素を「必須栄養素」に指定しています。

 

 フッ素水道水の歴史

ここで、歴史を振り返ってみましょう。まず1900年ごろ、イタリア・ナポリで、住民に黒くて傷のある歯(斑状歯)が目立つことが問題になりました。その後1910年代にアメリカでも同様の症状が流行したこともあり、原因調査のために大規模な疫学調査や研究が行われました。

その結果、飲料水のフッ素濃度が1ppmを大幅に超えるとこうした症状(歯のフッ素症)が出ることが判明。一方で、1ppmほどだと逆に、むし歯の発症が半分程度に減ることもわかったのです。

「災い転じて福となす」で、1940年代に、水道水にフッ素を適量混ぜる「フッ素水道水」(専門用語では「水道水フロリデーション」)が始まり、世界に普及していきました。

水道水のフッ素濃度を、1ppmを基準に適量ならそのまま、足りなければ足し、多ければ薄めるわけです。

 世界に広がる活用

近年では全米で、水道利用人口の72.3%にあたる2億1,000万人がフッ素水道水を利用しています。首都ワシントンDCでは、100%の住民がフッ素水道水を飲んでいます。世界的にみると、4億4000万人が利用していることがわかっています。

他のフッ素利用では、水道の普及が遅れている中南米では食塩に混ぜて摂取する形で広がり、利用者が3億人にまで増えています。

錠剤利用やミルク・牛乳に入れて利用するという方法も使われています。東南アジアのシンガポールや香港では100%の実施状況です。

世界保健機関(WHO)でも「フッ素水道水」を「20世紀の偉大な公衆衛生上の10の成果の一つ」に挙げているほどです。

日本での試行と挫折

日本で過去にフッ素水道水の活用が無かったかといえば、少数ながら実例があります。京都市東部の山科地区で京都大学が、当時の文部省や厚生省から補助金をもらって、研究の一環として1952年から65年まで13年間実施しましたが、長続きしなかった。三重県の朝日町でも、1957年から72年まで実施されましたが、いろいろ事情があって中断されたままです。

米軍統治下の沖縄でも実施されましたが、日本に返還されると同時に中断となってしまいました。一方で、日本の中にいくつかある米軍基地では、水道水の中のフッ素を適量に保つという方法が行われています。

 日本でも効果が期待できる証拠が

公衆衛生政策として意図的に「フッ素水道水」を実施しなくても、自然状態の水道水にももともとフッ素が含まれています。新潟大学時代に、日本の水道水のフッ素濃度と歯の健康の関係を仲間と調査研究したことがあります。

信越、北関東、南東北各県の、水道水フッ素濃度が0ppmから1.4ppmまでの各地域の子供たち(保育施設、小学校の約2,100人)の歯の状況を調べたところ、水道のフッ素濃度が高い地域ほどむし歯の平均本数が少ないという結果が出ました。地域によっては、むし歯が他地域の半数以下のところもあって、フッ素水道水の効果が十分類推できました。

濃度が高すぎる地域はなかったので、フッ素症の子供はもちろんおらず、健康被害がないことも示されました。

 合意形成の難しさ

歯科衛生へのフッ素利用のなかでも、特に難しい事情をかかえているのが、「フッ素水道水」です。いかに効果があって公衆衛生上の利点があっても、一方で利用したくない人に「水道を使わない」という選択肢がないからです。住民のなかに一部でも反対論があると、集団としての意思決定を下しにくい。

アメリカでもかつて、「染色体異常が起きやすい」とか、「IQ(知能指数)が低下する」などと、いろいろな反対論が出たことがありました。そうしたことを示す実証的なデータなどはなく、いつしか消えていってしまいましたが・・・。 

住民の意見を集約するといえば選挙がありますが、だれかフッ素利用を推奨する候補者が現れても、限られた選挙期間で多くの住民に訴えて賛同を得るのは至難。結局、普段からの周知活動にかかってきます。

 「世界の常識」を「日本の常識」に

読売新聞の社説でも、専門家が最新の正確な知識を幅広く伝えるべきと指摘されていますが、実情はそうはなっていません。世間には歯科医師や歯科衛生士などいろいろな専門家がいますが、治療に専念していてフッ素の利点をアピールするところまではいたっていません。次の図表に示すように、学会や専門家団体も以前と比べるとフッ素に対して前向きになりつつありますが、最後は「住民の理解・合意」が得られた場合には・・・と条件つきで、積極的とまではいかない。 

私たち「日本フッ化物むし歯予防協会」でも、これまでなぜ日本で失敗してきたのかをもう一度洗いなおす作業を進めています。フッ素水道水の効果を確認する新しい素材をそろえて、「日本の常識」を築くために、一般の方に日常的にアピールしていくことを考えています。

長い話になりましたが、ありがとうございました。

 質疑応答

馬場

筒井先生、ありがとうございました。私が書いた社説のことを紹介していただきましたが、その時のことをちょっと補足しますと、社説が出た日の朝から読売新聞の論説委員室に電話が50本以上も殺到しました。ほとんどがフッ素水道水に賛成。手紙も60通ほど来ましたが、これも同様で、「WHOでも推奨してむし歯予防に効果があるのに、なぜ日本はやらないんだ」という意見でした。

中尾政之(東大大学院工学系研究科教授)

アメリカではワシントンDCが100%の実施率。全米で72%がフッ素水道水を飲んでいるということですが、これは80年にわたる〝人体実験〟のようなものですね。その効果が実証されているのに、なぜ日本ではダメなんでしょう。

馬場 

やはり、メディアの姿勢に問題があったのでは。私の社説も一過性で終わったようなものですし。多くのメディアがこのテーマを本気になって取り上げて、国民の間に正しい理解を広げていけば変わっていくと思います。

参加者

先ほどからの話で、日本では全体的にはむし歯は減っており、歯科医師は多すぎるのでは・・・という話もありますが、どうなんでしょうか。

筒井

昔と比べて、早い時期に歯を失っていた高齢者の歯が残るようになったので、治療を要する人たちの数が減ったというわけではありません。それと、治療以前の予防という意味ではまだまだ、やるべきことは多い。今後は訪問治療なども求められるので、歯科医の仕事が減っていくということではないと思います。

馬場

皆さん、長い間ありがとうございました。筒井先生からは、フッ素水道水に関する詳しい資料や漫画風の啓蒙冊子などを希望者に提供できるということなので、後日ご案内いたします。