お知らせ
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21世紀構想研究会・200回記念シンポジウム 「科学立国再興への道」(下)
- 2025/05/06
パネルディスカッション
井上 諭一(いのうえ ゆいち) 文部科学省科学技術・学術政策局長
大倉 典子(おおくら みちこ) 芝浦工業大学名誉教授
染谷 隆夫(そめや たかお) 東京大学執行役・副学長
高橋 真理子(たかはし まりこ) 科学ジ ャーナリスト
橋本 五郎(はしもと ごろう、ファシリテーター) 読売新聞特別編集委員
橋本 パネルディスカッションに入ります。4人の先生方の冒頭発言を聴いて、小泉純一郎流に言うならば「感動した」という感じでした。それぞれの報告の中に、端的に何が問題か、どうすればいいのかも含めて、これだけで完結したと言ってもいいぐらいだと思いました。
大倉典子先生は、基礎研究は極めて大事だと指摘し、その上で長期戦略を立てなければいけないとご主張されました。
染谷隆夫先生からは、産学が密接に絡み合いながら、時代をどんどん先取りしていかなければいけない時代になっているという話でした。私達が外から見ているよりも遥かに内部では、進んでいるという感じがしました。
高橋真理子先生からは、女性に対しては依然として村社会、ある種の権威主義がまかり通っており、それを打ち破るのは女性であるという観点でお話がありました。
井上諭一局長からは、行政の一員とは思えないような思い切った発言がありました。今の文科省に対する批判というか自己批判も含めてでしょうけれども、まさにそうだという感じの発言がありました。
大学が果たす役割とは何か
橋本 基礎研究は第1と言いますが、それを言っている暇はない。時代はどんどん進んでおり、次々と出てくる新しいものに対応しなければいけない。そうじゃないと、井上局長が言われるような、失われた30年がさらに積み重なっていくという話がありました。
染谷さん、大倉さんという順で、大学とビジネスの関係をどう考えるのか。お伺いしたいと思います。
染谷 大学が果たすべき役割が急激に増えています。基礎研究の重要性は全く変わらず、これは大学の中核にあるものであり、そこをいい加減にするとか、過小評価するとか軽視したりとか縮小させるなどは、まったくありません。
ところが基礎研究で新しい成果が生み出されると、それで特許を取ってくださいと言われ特許を取る。ところが全然使われない。特許を取って企業に移転して実用化してほしいと思っても、企業は動かない。自分で起業してスタートアップしていくことになり、時代とともに急激に新しい宿題が増えてきたのです。さらにビジネスまで持っていっても儲からないと、今度は最も支えたいと思っている基礎研究を支えられないという状況が起こっている。
基礎研究は大事でなくなっているとかそういうことでは全くなく、宿題が増えているので、その部分もきちっとやり切る必要が出てきたことが、大事なポイントだと思います。
また基礎研究を進めるにあたって例えば10億円やるからもっと早くやってよとか、新しいアイディアをどんどん出してよということはないわけです。科学は仮説を立てて検証することをずっと繰り返す営みだけですが、新しいアイディアがいつ生まれるかわからない。生まれた後、検証するまでの期間はある程度、短縮することはできます。新しいものを生み出すスタイルは変わらないけれども、様々に工夫することで、科学研究のあり方が現代化され、うまく取り組んでいく必要があるだろうとは思います。
大倉 基礎科学に対しては染谷先生と同意見でございます。応用面だけに着目するっていうのがよくよくない一方で、私のような工学科学者の立場からは、何らかの形で社会に役に立たないといけないということはございます。ですから基礎科学のどちらかというと、シーズからの研究よりはニーズからの研究の方がいいのではないかなと考えているところもあります。
そのニーズとシーズががっちりタッグを組んで進めていく。シーズの方がシーズを出しっぱなしっていうのではなく、ニーズとうまく組み合わせることで、そのシーズが本当に生きたものになるようにする。それこそ大学とか研究機関とか、オールジャパンの総合力でやっていかないといけないと思いました。
科学技術の価値を決める基準とは
大倉 これまでは科学技術の価値を欧米の基準で測られてきたと思いますが、それでいいのだろうかと思います。
日本は超高齢社会で、ある意味課題先進国という面がございます。欧米ではイノベーションを推進するにはモチベーションが大事だということが言われ始め、人を説得するのに論理ではなく、エモーションが大事だということが言われるようになりましたが、日本人からするとそれが当たり前じゃないのと思います。
彼らがエモーションの重要性に気づいたのは比較的最近です。日本人は情緒とか感性を大事して来ました。ですから今までの研究あるいはこれからの研究は、日本の視点で評価すると評価の価値基準が変わり、もしかしたら日本初の新しい価値基準で科学技術を評価する日が来て、日本の点数が高くなるかもしれないと期待しています。
橋本 大学とか学術研究とかいろんなランキングが出ています。欧米型の基準で出ているのですが、大倉先生からは、これからはもっと感性の価値を認めるべきであり、欧米の人たちも納得するような形で持っていかなきゃいかんということでしょうか。今のお2人のお話を聞いて井上さんいかがですか。
井上 大倉先生から日本とかアジア的な価値あるいは感性を評価していくのも大事だとのご発言、本当にそうだと思います。ただ残念なことに、科学の世界は国境がない中でみんないろんなことを考えながら動いていますから、目に見えないと駄目だと思います。
日本の研究者の顔が、国際的な科学のネットワークから見えなくなってきている。そういう状態のままで、いくら新しい価値を言っても誰も見てもくれない。 やはり日本なりの価値観はきちんと示していくことが必要です。国際的にもプレゼンスを上げ、よく見えないと駄目なので、やはりそのための努力は必要です。
私が危惧するのは、日本なりの価値を示すべきだけれども、それを知らしめるプレゼンスがないというところを非常に心配しています。
国際共同研究が増えないワケ
高橋 国際共同研究が大事だということは、欧州でも21世紀に入ってから一生懸命言い出したようなところがあります。ファンディング機関が国際チームを作ったら、研究費をあげますという政策をとったので、欧州の中で国を超えた研究競争協力が進むような政策を作ったのです。日本だって外国と一緒に研究するようなテーマに研究費を出しますという政策をとれば、国際協力が進むと思いますが、文科省はしてこなかったと思います。
井上 国際共同研究は確かに、ヨーロッパではいろいろやっていますが、ヨーロッパもアメリカも日本も国際共同研究は世界共通です。基本的に自国の研究者にしかお金を出さない。国際協力の枠組みを作った上で、相手の国のお金はそっちでちゃんと払ってねっていうことでうまくやっている。そういうことの取り組みは、日本もやっています。
ただし日本の研究者がどんどん国外に行き、研究者同士のネットワークがベースにないと、なかなか増えてこない。国際共同研究などの予算はそれなりにあるのですが、その量が他の国に比べると上がっていかないという面はございます。
高橋 申請が少ないのですか?
井上 申請はありますけれども、やはりいろんな問題があります。レベルの問題とかもありますが、我々は国際的なネットワークに日本の研究者コミュニティをもっとぶち込むというか入れるっていうのが非常に大きな政策課題だと思います。今の状況を見るとやはりまだまだ足りないなと思っています。
アジアに目を向ける時代
高橋 日本の人たちは、常に欧米しか目を向けていない。今は韓国や中国がどんどん伸びていますから、アジアの中での共同研究にもっと目を向けてもいいと思います。
井上 大きな時代のスパンで見ると、アカデミアの中心は明らかにアメリカ、ヨーロッパからアジアに移っていると思います。だから我々は、アジアの優秀な人たちともっと付き合うことが大事です。日本の有力な大学を中心に、頑張ってもらいたい。高橋先生がおっしゃる通り、アジアはこれから重要になってくると思っています。
染谷 私もアジアの価値観は、非常に日本にとって大事だと思っていますが、その価値の話とプラットフォームの話は若干違います。YouTubeは分かりやすいですが、YouTubeを世界中の人が見て、そこでYouTuberというコンテンツで戦っているわけです。日本人しか見ない日本版YouTubeで、いかに我々の価値観をみんなで共有しても世界の人々は分かりません。
研究はグローバルワンリーグなので、そのグローバルのスタンダードのプラットフォームの例えばYouTubeで、アジアの価値観をちゃんとアピールしたら、日本のプレゼンスはずっと上がってその魅力にみんな引き寄せられてくると思います。日本人は日本版YouTubeみたいなところでやりがちです。
大学のランキングは欧米流であってちょっと日本は不利になるというのは事実ですが、日本は海外のスタンダードで闘っていないです。グローバルスタンダードのプラットフォームで勝負をして自分たちの価値をどんどんPRし、そこで闘ってランキングを上げて行けばいいと思います。
日本を停滞させた真因はどこにあるか
橋本 先ほど失われた30年で、日本は何でこんな体たらくになってしまったのか。一つ一つこれを分析する必要があると思います。要するに真犯人は誰かってことです。それを妨げているものは一体何なのか。国際的な場で競争できないようにしちゃったのはどうしてなのか。
それから何でお金が投じられないのか。中曽根内閣で「対がん撲滅10か年総合戦略」を立て、トップがやることによってかなり進みました。トップがどうするか。政治の役割とは何なのか。そういう問題意識がなきゃどうしようもない。科学立国はずいぶん昔から言われながら、一向に変わってない。一体その壁は何なのか。壁の中で一番高い壁、一番壊さなければいけない壁は何なのか。ということを皆さんにお伺いしたいと思います。染谷先生いかがですか。
染谷 私はそれを考えるヒントは、先ほどの高橋さんの講演の中にあると思っています。私はアメリカのベル研究所で研究をしましたが、お昼に10人ぐらいの丸いテーブルに座ると、出身国はバラバラで複数人いることはほとんどなかったです。それぐらい多様であり、男性も女性もかなりいる科学者コミュニティでした。それに比べてダイバーシティが足らない日本は、どうしても画一的な中で議論をし、しかも同調圧力が強い。これ、おかしいんじゃないかと思っても言いにくい文化です。日本人は自覚しているなら、そこを打ち勝つようなことを意識的に誘導しないといけない。
先ほど高橋先生が女性の科学者の視点で言いましたけれども、別に女性だけじゃなくても、ありとあらゆるところでそれが起こっている。最も手っ取り早いのは、若手を海外に送ってそういうものを見て帰ってくると、それは当たり前に染み付くんですね。若手を海外に送るカネなんて微々たるものです。
ところがそういう努力をせずに、日本は高度経済成長で世界に冠たる経済大国になったとき、日本が海外に行って学ぶべきことはないという驕りがあり、それ以降そういうことをやってこなかった。これが非常に大きな後遺症として残っていると思います。
実例をあげれば、ケンブリッジ大学のケンブリッジフェローというのは、トップ層が世界中のどこにでも行ける。シンガポールも建国されたときにはいい大学が自国になかったので、トップ層を海外に送り出しています。シンガポール国立工科大学など世界の冠たる大学になっても、未だにトップ層を世界中に送り出しています。トップ層を自国に抱えず海外に送り出し、海外で鍛え上げてそれで帰ってこなくてもいいという。
日本の場合、もっといてくれと言っても帰ってくる。ルールがあって戻ってくるので、安心してどんどん送り出すべきだったのに、それができてなかった。ダイバーシティ推進やそういう考え方を進めるにあたって、他国から大きく劣後する大きな原因の一つだと思います。今からでも、それをやった方がいいと思います。昔は教員が海外に行く派遣制度が文科省にあったのですが、それもなくなった。
若手だけ送るのでなく、シニアもミドルもヤングも学生も多層にどんどん送らないとコミュニティは発展しません。やはり国がそうやって海外等に行って人材育成をし、そういうことを行おうという視点が欠けていたのはかなり大きな要因ではないかと思います。海外に人を送るのは、産業政策などから見たら微々たる金額なんです。そういうものをケチらずに続けていけば、成果が蓄積するので非常に重要なことだと思います。
文科省の責任と大学の責任
橋本 これは文科省に責任がありますね。
井上 文部科学省の責任は大きいですね。相当に効果があるということがわかっていることなら、今からでもやった方がいいと思います。さきほど染谷先生がおっしゃった教員派遣をする制度、あれが何でなくなったか。それは大学の裁量で出すという話があったので、独立行政法人化したときに、教員の派遣のお金は全部一本の運営費交付金にしたわけです。
例えば毎年100億円から200億円施設設備のお金は、文部科学省で全部運営費交付金にしています。 だから大学の裁量でやってくださいと言ったら、なくなっていったという面もある。そういう判断をした文部科学省も駄目だったし、その後せっかくその財源も含めて自由なお金としてもらった大学でそういったものをなくしてしまったところが多かったというのもある。悪いところが重なって、こうなったのだと思います。
染谷 そうすると大学の法人化は良くなかったという話になりますね。
橋本 それはどうなんですか。大学の裁量に任されて、それぞれの大学が特色のある分、それをやってほしいということで決して文部科学省からこれやれあれやれという具合に細かな指示を出さないで、自主性に任せたはずなのに、こういうことになっちゃったのは大学の責任じゃないかという感じですね。
井上 大学の皆さんがそこで文句を言いたくなるのは、一本にした運営費交付金が全然伸びないじゃないか。物価も上がる中、そういったものに回すお金がないということだと思います。
橋本 大倉先生いかがですか。
大倉 私は芝浦工業大学でしたので、国立の大学のような影響は受けていないのですが、SGU(スーパー・グローバル・ユニバーシティ)に選ばれて10年間ずっと集中的に資金をいただきました。特にアジアを中心としていろいろな大学とのネットワーキングができたのは、染谷先生もおっしゃった通り、ものすごく大きな大学自身の財産になりました。
ですから大学のランキングもグローバル化し、理工系単科大学であるにも関わらず、女性教員率が非常に高い。そういうこともあってどんどん伸びているのですが、SGUで10年間お金をいただいたことが非常に大きかったと思います。学会等でいろいろな国立大学にも行きましたが、本当にお金ないんだなっていうのがよくわかりました。法人化が良くなかったことはその通りであり、国立大学は思うように使うべきお金が使えるようになっていません。
目先の少しでもお金が稼げるような研究に投資をしがちで、そうすると基礎科学がおざなりになっていく悪循環が起きているような気もします。国際化という意味では、私は2020年から4年間、アメリカから予算をいただいて研究もいろいろな面で進みました。長期戦略で5年10年はちょっとなかなか回収できないかもしれないけど20年後30年後に回収するという気持ちで、国が予算を出すべきところには出していくことをしないと、小さくぐるぐる回ってるだけでは駄目だと思います。もっと長期的な視点で大きくお金を投入して、技術を伸ばしていくことを国は長い視点できっちり考えていただきたいなと思います。
「えこひいき発言」をめぐって
橋本 高橋さん、ずっと科学記者として日本の科学行政のあり方を見てきました。先ほど、井上局長は思い切ったことを言いました。研究で生きる覚悟のある大学を思い切り「えこひいき」し、優遇しようと思っているという(このシンポジウムの冒頭発言の中で井上局長が語った内容)。
日本の科学行政とは一体どうだったのか。行政にも相当責任あるのではないのかという観点からお聞きします。
高橋 私がえこひいき発言よりも、もっと驚いたのは官僚の無謬性を放棄している点です。普通の官僚は、いろいろ言いつくろって誤りを認めようとしない。悪かったことは悪かったとどこを変えていくかという発想は素晴らしいと思いました。
橋本 そうですね。女性研究者にとっての大きな壁の話や権威あるものに対する忖度社会の話が出ましたが、いずれにしても意識改革が求められています。それを打ち破るにはどうすればよいのでしょうか。
例えばいま東大の副学長をしている染谷先生、意識改革のためにその立場を生かして東大を変えるというのがあってもいいですね。
染谷 東大に副学長は20数人いて、私はその中で末席にいる程度なので、副学長の話はわきにおいて、若手を思い切り伸ばすという点で、えこひいき発言には賛成です。大事なのは情熱ある優秀な日本人、例えば数百人をどこにでも行って研究してこいと、世界に羽ばたかせるような施策があってもいい。
いま、やりたいことが見つかったらもう直ちに行動を開始する。そういうように変わってきているのです。そうであれば、30年たたないと日本が変わらないとかそんな話じゃなく、もう3、4年したってどんどん変わっていく。
一方で見逃してはいけないのは、日本でどんどん所得が下がって貧乏になってきた結果、顕著な傾向として、高校生が県をまたいで他の大学に行くことがすごく少なくなってきています。東京にはいっぱい、いい大学がありますけれども、東京で生まれないと良い教育が受けられないということになるとおかしくなる。
別にどこでうまれようと、いい人生を送れるというのは確率の問題だけであり、日本全国どこでもそういう人たちがいるわけですから、生まれた地域によってその後チャンスがないというのは非常に困る。実際にノーベル賞受賞者の中村修二先生は徳島大ですし、梶田隆章先生は埼玉大の出身です。全国の教育レベルを上げてどんどん人材をエンカレッジするという仕組みを作るのは極めて重要なことと思います。
地方格差の克服も
橋本 今の話を受けて、井上さんいかがですか。
井上 これは先ほどの多様性の話とも通じますし、結局は日本の教育に結びついてくることです。例えば女性の話になると、日本の女性の大学入学者のうち理系入学は7%です。OECD平均だと15%ですから女性の少なさはOECD諸国の中で最も低いという状況です。小中学校のとき、例えばスキーム教育とよく言ってますけれども、理数系に関心を持つような教育は、日本は圧倒的に弱いことも影響していると思います。日本の中で自分で考えて外に出ていくような人間が増えてくれれば、県をまたぐことは、18歳超えたら成人ですからできると思います。
小中学校のときから「STEAM(スティーム)教育」とか「アントレプレナーシップ教育」などを活用して、自分が成人18歳になったらどんどん自分の思いでいけるような子が増えてくることが本当に大事だと思っています。
高橋 地方の問題点の一つは、地方ほど女性を閉じ込める発想が強いということです。地方に生まれた女性が、それこそ県をまたいで大学進学するのはすごいバリアがあるというのが、今の日本の状況だと思います。そこをどう変えていくか。なかなか難しいのですが、私がいつも思っているのは、足を引っ張らないでほしい。それだけなんですよ。地方社会ではそれがあんたの幸せのためとか言って、足を引っ張る人たちがまだいっぱいいる。これを変えないとダメです。
大倉 高橋さんの発言は地方の壁についてですが、先ほど井上局長から18歳になったらどこにでも行けるんじゃないかっていうお話がありました。しかし女性の場合は、本人は壁をまたぎたいと思っても、親御さんがそれを認めないこともあります。地方と東京の格差は非常に大きく、地方にはいろんな情報が入ってこないというハンデがあります。
本来結婚というのは、男性と女性の好意のもとで行われるだけで、別に結婚しても男性も女性も変わらないはずです。そこが女性だけが相談すること自体がおかしいです。出産は女性しかできないのは確かですが、育児とかいろいろなことが日本の場合、女性に負担が偏っている。本来、出産以外のことは男性も同じぐらいできるはずなので、意識改革するべきです。
男女の役割を分担することで、国が大きく成長した1980年代の成功体験を引きずっている。その結果として停滞したその後の30年が生まれてしまったのではないか。そこを意識改革しないと駄目なんじゃないかと思います。
高橋 そうです。意識改革しないとダメです。今までみたいに24時間働けることがいい仕事ができる条件と思ったら絶対解決しないです。子供がいなくなったら日本国全体が困るんです。子供を産む人に対して、こぞって応援しなきゃ駄目ですよ。それをベースに考えて、それぞれの仕事場で解決策を探していくということです。
染谷 東大で27社上場していると言いましたが、時価総額1000億円を超えているのは5社あるかないかぐらいで、他は数百億円とか場合によると100億円切っているのもあります。
東大のトップ層を投入し、上場までして100億円の事業を作るのは立派ですが、自分だけが小金持ちになってそれでおしまいになります。しかしその人たちは、官僚になって何兆円のお金を動かすようなことをしたり、大企業に行って何兆円の事業を差配するようなことがあれば、その方が、よっぽどすごいことではないか。
国としてそこに最優秀層を投入したわけですから、すごい企業がバンバン生まれてくるようなところまでやりきらないといけない。そういう観点で言うと、スタートアップがドメスティックに終わってしまうのではなく、いかにグローバルに繋ぐかというのが最大の課題です。
それを実現するには、多様性じゃないかと思っています。多様性は単にジェンダーの問題だけでなく、世界に飛び出していってどう成長するかです。日本人だけのチームでいったら成功しない。そういうときに東大にアフリカやインドから留学生が来て、最初から国際的色豊かな経営陣であって、日本でインキュベーションしたら世界に出ていく、そういうスタートアップを生み出したい。
橋本 それは誰が主体的にやったらいいのですか?
染谷 我々ができることは新しいシーズを生み出し、起業して大学の外に切り出すというところまでいったら、世界と世間の荒波にのまれて、成長するかどうか大学だけで、できる話ではありません。
ただ我々は、できるだけ知恵を授けたい、一緒に考えていきたい。多くの人が自分はこのくらいかとか思わずに、チャレンジすることを見ていきたい。チャレンジする人の傾向としては、若いうちに魂を揺さぶられるような経験をすることが大事です。大学の講義を聞いて感激して自分の人生変わりましたという学生はあまりいませんが、キャンパスを出てリアルを見て魂を揺さぶられる。外に行くチャンスをどんどん作る。それを行うのが我々としては一番手っ取り早いと思います。
国の役割と民間の奮起
橋本 私は政治記者やっていますから、政治の役割は非常に大きいことが分かっています。この国をどうするか。10万円の商品券だとか、政策活動費がどうだと騒いでいる場合ではないと言いたい。日本の科学立国のあり方を語る政治家は見当たらない。これは国全体としてやっていくべきことで、それぞれの大学に任せたって仕方ない話じゃないかという感じがする。井上局長、いかがですか。
井上 教育も科学技術政策も、国の意思は大きいと思います。大学への研究開発投資、日本だけ2000年からずっと停滞している。他の国はどんどん伸ばしている。明らかに投資が足りていないことは事実です。
私が言うのは適切でないかも知れませんが、給食無償化に6000億円出すなら、大学院みんなただにしろという意見も出てきます。お金をどう使うか大きな判断は、やっぱり政治です。給食無償化だって政治が決めたことです。国を支えるのは科学技術であり、そこにもっと大きな投資をしなきゃいけないという政治からの発信があれば、非常に有難いし我々も勇気づけられる。ただ数字だけ言うと、この5年間で国の研究開発投資として30兆円ぐらい入れています。
日本企業の内部留保が日本の予算の2年分積みあがっているという話がありました。企業も内部留保だけでなく、研究開発投資に積極的になってほしいと思います。それも大きな国としての権威であり誇りだと思います。
高橋 民間もしっかりしてほしいと思います。半導体産業がもうボロボロになってしまった。大手電機メーカーも、中央研究所をつぶしてやらなくなり惨憺たるありさまです。儲からないからお金を入れられないというのが企業の論理だと思いますが、半導体隆盛時代の国際会議は、日本の研究者たちはパワーがあった。それが今、日本の半導体産業そのものが駄目になり、企業の研究者もいなくなってしまった。要するに何かで儲けている企業が、内部留保しているということでしょうか。これは困ったことです。
井上 確かに世の中がどんどん変わっています。アメリカの企業の構造も20年前と全然変わっています。要は儲ける部分が変わっているんです。そこを本当に生き抜いてる企業は、商売の中身もどんどん変わっています。だからいつまでも、いま儲けているところに投資するという世界じゃないと思う。ダイナミズムが日本の企業には求められています。
日本のスタートアップはなかなか大きく育たないですが、スタートアップの出口が7割は企業の上場であるIPOなんですね。3割が会社や事業を売買するM&Aです。これがアメリカは逆です。8割ぐらいM&Aで、他社を取り込んでスタートアップを大きく成長させ、自分自身もどんどん変わっていく。大企業からの資金の流れが、スタートアップにも絡みますし次の儲けを探す企業のマインドにも絡む。そういうことが起きているのではないかと思っています。
大倉 私は大学に移る前は企業にいました。最初に就職したのが日立製作所の中央研究所でした。1970年代後半から80年代ですけど、その頃は5年先10年先の研究なんてやるなって言われました。20年先30年先の研究をしろと言われました。その後、日立製作所中央研究所は組織自体解体してしまいました。
昔は企業自身が基礎科学を担っていて、日立製作所にもノーベル賞候補になるような研究者もいました。しかしいまは、企業自身が体力がなくなって基礎科学をやらなくなり、企業と大学との関係も薄くなりました。昔の企業は、常に新しい芽を求め今すぐにはお金にならないけどしばらくするとお金になりそうな研究を多くやらせていただきました。
大学は、だいぶ先のことを狙って何かやっていただきたいと思います。東大こそ遠い目標の産学連携をどんどん進めていただきたいというのが私の思いです。
会場からの発言と質疑
橋本 ありがとうございました。会場からご意見、ご質問を受けたいと思います。
黒木登志夫(医師、東大名誉教授) 企業の内部留保金が555兆円か、国家予算の2年間に相当する話がありましたが、企業は前に向かって新しいことを進めなくちゃいけないのが、こんなに溜め込んでる点では、大学より悪いのは企業じゃないかと思います。企業は研究をやらず、自分のやらない応用を大学に期待するのは全く筋違いだと思います。反省するのは企業であって、この莫大な内部留保を外に出すように、税の優遇措置などは考えられないのでしょうか。
染谷 企業の内部留保を大学に使っていただけるとありがたいというのは、まさにその通りです。私が産学連携推進するために企業訪問して、社長とか会長と実際に会いましたが「よく来てくれた」という感じでした。申し上げたいのは、大学側が行って一緒にやりましょうという営業活動をしてないのです。
橋本 企業はそれなりの事情もあるようです。たとえば株主訴訟で追及されるとか、景気とか自社の業績とか先行き不透明であるとか、ため込む理由があるでしょうけど、しかしおっしゃる通りです。
黒川清(元日本学術会議会長、東海大・東大名誉教授) 3年前に大蔵省の人が3人来て、日本の大学の研究があまり芳しくないと言う。大学の人たちは、国はもっとお金出してくれと言う
のですが、国は全然変えてない。どうして悪いんだって話になった。それはなぜかって言うと縦社会だからです。日本は縦社会でうまくいったんだと思います。個々の各論で議論しないで、何が世界で、日本で起こっているのか。そこを突き止めないと、何をしたらいいか出てこないと思ってます。
軍事費をめぐる論議
会場 中学校の教員です。教育でも社会の分野でも、日本にはいろいろなタブーがあります。例えばお金や政治の話はしない。いま生徒の間では軍事費の拡大を肯定的に捉えている生徒が多いのです。議論すると国の予算が増えていきそうだといいます。でもそれは、周辺事態を考えると当然じゃないかという意見があります。軍事技術は科学技術の最先端を行っている内容なので、生徒は日本も軍事研究を進めていかないと世界に置いていかれるっていう質問が出てきます。先生方にアドバイスをいただきたいなと思いましてご質問させていただきました。
橋本 いい質問ですね。 皆さんいかがですか。
染谷 直接の答えじゃないですが、昨今の戦い方は、必ずしも殺戮兵器とか爆弾だけで行われるものではありません。サイバーとかサイバーセキュリティが大きな影響力を持っています。デュアルユース(軍事用途と民生用途の両方で利用できる技術や製品)の中でも、殺戮を主たる目的とせずに民政応用が期待できるものは、禁止されてはいません。大学として国家の安全のために貢献できる部分は相当あると思います。
エンジニアなどが安心してできるテーマを様々な予算を使い、多元化する中で貢献していくということは今の地政学的な状況を見ると、極めて重要だろうと認識しています。
橋本 アメリカでは軍事研究が進むことによって、ある種のイノベーションがいろんな形で起こってきたといわれます。日本はそれがタブー視されているから、突破できないという議論がありました。
その場合に軍事と非軍事の境目は何なのか、どこに境界があるかと考え、にっちもさっちもいかなくなる。こういう認識は、学者の中ではどうなんですか。
大倉 あらゆる研究がデュアルユースだと私は思っています。私自身はかわいい学の研究をしていますが、例えば車両の先頭にキティちゃんがついていたら、人々は寄ってくるのか、それとも逃げるのかという話もしています。このように軍事・非軍事は全然分けられないのです。
日本学術会議でも、軍事に使われるかもしれない研究は全て禁止するみたいなことを主張していません。日本は第二次大戦後、ずっと平和できました。平和とは感性的かもしれないですが、非常に価値があると思います。
しかしガザとかウクライナ戦争を見ていると、人々の命が失われるというだけではなく地球温暖化の観点からもエネルギーの無駄遣いをしていると非常に気になってきます。兵器を作ることに対しても、ものすごい無駄遣いをしている。これは考えるべきだと思います。
私自身のヒューマンインターフェースの研究も、元はB29のコックピットの中の居住性をいかに良くするかということが発端でした。バーチャルリアリティもやはり軍事関係が最初だったということです。アメリカでの多くの研究の最初が、軍事予算から始まったことは、否定できないと思います。だからと言って、軍事が引っ張らないと研究ができないというわけではなく、日本はあくまでも平和を希求しつつ、しっかりとその科学技術を人類の平和のために使っていくことが重要じゃないかと思っています。
高橋 戦争が新しい技術を生み出すというのは、歴史的事実です。日本の黄金時代、あの時代の日本は軍事費がすごく少ないのに世界を席巻したわけです。アメリカは日本の半導体を使い、兵器にもアメリカで開発したものより精度が良かったから宇宙にも日本の製品を持っていく。性能が良かったからあの時代のアメリカは、何で日本は軍事費使ってないのにこんなに良い性能のデバイスを作るんだという発想であの時代見ていたのです。だから軍事費がなければ、最先端の技術ができないというのは嘘です。
軍事費で新しい技術が生まれるっていうのは事実だけども、それがないと出来ないというのは嘘です。大倉先生がおっしゃったように、日本の価値は平和目的を追求して、いい技術を生み出してきたところにあるのです。その価値は本当に守った方がいいと思います。基本的には平和目的のために頑張ってきた日本のこれまでの努力を大事にして、これからもそれをやっていくべきと思います。
橋本 はい。学校ではこのようなご意見も踏まえながら、教えていただきたいと思います。
中尾政之(東大工学部教授) 井上局長にお聞きしたいと思います。寄付をするときに、企業の寄付は無税にならないことが多い。企業が大学に寄付した場合は、法人税安くしますというような法律改正をすることができたらいいじゃないかと思います。
井上 個人寄付も税制上の優遇措置があります。アメリカの税制と大きく違うのは、年度をまたぐことができない。日本は単年度主義だから、単年度でその優遇の寄付の上限額があります。アメリカは上限いっぱいだと、それを複数年繰り越せるんですね。これが結構多くて、大きな額がどんとくる。日本は、税制当局の壁に阻まれて達成できないのですが、寄付を促すようなことは考えたいと思っています。
会場 元研究者で、今は退職して科学コミュニケーションやっています。今日は科学立国再興となっていますが、これを考えているのは誰かということです。関心ある人は、私の感覚では国民の半分以下です。今、科学自体が信頼を失っています。地震にしろ原発にしろパンデミックにしろ、そこら辺の話をきっちりとやる。こんな国に誰がしたといいますが、答えは一つじゃない。それをやる危機感がない。
みんな偉そうに基礎研究が大事だから、金よこせって言ったって、それはそうだろうけどもというのがあるわけです。私も元研究者そして大学の人間として反論いっぱいありますけども、この科学立国再興って本当に国民が求めてるのかというところに行きつくのではないでしょうか。
橋本 ただ国民が、それは必要なことなんだ、だからやらなければいけないという考えもあります。最後に今から何を一番先にやったらいいのか、それを皆さんにお伺いして締めたいと思います。
染谷 繰り返しになって恐縮ですけども、若手のエンパワーメントこれが多分たくさんありますけど、中でも手っ取り早く重要だと思います。
エンパワーメント:個人や集団が自己決定能力や自己効力感を高め、自己実現や自己成長を促進するプロセスや概念 |
高橋 私も同意です。若手のエンパワーメント、年寄りは引っ込めということで す。
井上 私もそのために、初等中等教育からの教育がとても重要だと思ってます。
大倉 特に女性の若手に邪魔しないで欲しいということです。
橋本 私はやはり、トップリーダーがその気にならなければ、この国は良くならない。そういう人を総理に選ばなければいけないと固く信じております。
おわり