お知らせ

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どこでも、だれでも認知症  ジャーナリストが伝えたいこと

2022/12/30

講師 猪熊律子(読売新聞社編集委員)

日時 2022年11月25日(金)

認知症は、年齢とともに、だれでもが向き合う病気です。講師の猪熊さんは、長らく医療、生活、社会保障領域の報道にたずさわってきました。「長谷川式スケール」を開発するなど、認知症の治療とケアの第一人者であり、さらに、ご自身が認知症を体験されながら生涯を全うされた、長谷川和夫医師(1929-2021)に密着取材され、長谷川医師と二人三脚で、「ボクはやっと認知症のことがわかった」(KADOKAWA刊)を執筆しました。同医師の「問わず語り」を通して、この症状の本質をとても分かりやすく伝えています。二人の信頼関係がなければ、できなかった記録です。

猪熊律子(いのくま・りつこ)さん略歴
読売新聞東京本社編集委員。読売新聞社入社後、社会保障部長を経て、2017年より現職。専門は社会保障。1998~99年、フルブライト奨学生として米国留学。スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム「ジョン・エス・ナイト・ジャーナリズム・フェローシップ」修了。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。著書に「#社会保障、はじめました。」(SCICUS、2018年)「ボクはやっと認知症のことがわかった」(共著、KADOKAWA、2019年)など。厚生労働省の福祉部会、年金数理部会、療養病床の在り方等に関する検討会、社会保障教育モデル授業等に関する検討会の委員などを歴任。

なぜ認知症取材に入っていったか

猪熊 本日はこのような機会を頂き、ありがとうございます。宜しくお願い致します。これまで認知症をどういう視点で報道してきたか、報道を続ける中で何を感じているかということを中心にお話しさせていただければと思います。
この写真は女優の南田洋子さんです。2009年の10月に76歳でお亡くなりになりました。晩年、認知症になった姿がテレビで放映されて大きな反響を呼びました。
夫でやはり俳優の長門裕之さんが自宅で介護する様子をカメラが捉えたのですが、視聴者の方からは、闘病の姿に感動したとか、生きるヒントをもらったという声が多く届く一方、認知症になった姿を撮影されて、ご本人は不本意だったのではという声も相次ぎました。

私は南田さんの親族に取材をしたことがあって、その親族の方は「南田さんは認知症になった姿をテレビで放映されることは望んでいなかったはずだ。放映差し止めを検討している」とおっしゃられていました。
結果的に放映差し止めの提訴はされなかったのですが、長門さんは介護の現実に目を向けてほしいという思いで、ドキュメンタリーを撮るということを承知しました。一方、南田さんをよく知る親族の方は、本人は望んでいなかったはずだということでした。
判断能力が衰えた人の思いをどう汲み取るかということは非常に難しいと感じ、2010年に、認知症についてのコラムを書きました。このコラムを書くにあたり、介護界でカリスマ理学療法士と呼ばれている三好春樹さんに判断能力が衰えた人の思いをどう酌み取るかをお尋ねしたら、現場では自己決定ならぬ共同決定の原則を用いていると話されていました。
本人の意思がわからないとき、身近にいる人たちがその人に代わっていろいろな判断を下すわけですが、それだと自己満足になりかねない。だから、その自己満足になる歯止め策を二つ設けている。一つは、自分が本人の立場だったらどうかということ、もう一つは実際にやってみて、本人の表情がどうかという、それを見ているというようなお話でした。
本人の意思を尊重しやすくするには、本人が判断能力のあるうちに意思を示しておけばよいのではないかと思い、認知症の専門医にも取材しました。しかし、「それは無理だ」と都立松沢病院院長だった斎藤正彦さんにあっさり否定されてしまいました。
斎藤さんは「多くの人が、元気な間は床に落ちるものを食べるようになったら生きていたくないと言う。でも認知症になった患者さんは、殺されそうになっても必死で生きようとするんですよ」と言います。本人の思いを知ろうと思って努力しても限界がある。わからないという慎みを持って、周囲がおもんぱかっていくしかないのではないかというのが、斎藤さんの考えでした。

改めて確認する認知症とは何か
ここで認知症とは何かについて、改めて確認しておきたいと思います。
認知症は、なんらかの脳の病気により、記憶力や判断力などの機能が低下し、日常生活に支障を来たしている状態といわれております。脳の病気であり、認知機能の障害を経て、生活機能を障害していることがそろっているということです。先天的ではなく、後天的で持続する障害ということです。
認知症の種類には、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症などがあります。最近は、レビー小体型認知症という言葉もよく聞くようになりました。細かい説明は、パワーポイントで見ていただければと思います。

認知症の先駆けは有吉佐和子の「恍惚の人」
アルツハイマー型認知症は、壊れてしまった脳の細胞が担っていた役割が失われることで起こる症状、中核症状といわれますが、記憶障害、判断力の低下、時間や場所がわからなくなる見当識障害などの中核症状と、それが起こることによって二次的に起こる症状とがあります。

二次的に起こる症状は、昔は周辺症状とか問題行動といっていましたが、今はBPSD(Behavioral and psychological symptoms of dementia)と呼ばれております。認知症の行動・心理症状と訳されています。
精神的に落ち込んだり、焦ったり、不安になったり、妄想をしたり、暴言を吐いたり、暴力をふるってしまったり、お財布を盗ったのではないかと誰かのことを責めたりというような症状です。

家族の方なども非常に困って大変というのが、この認知症の症状になります。有吉佐和子さんが1972年に『恍惚の人』という認知症に関する本を書いて、認知症は家族の問題だけではなく社会全体の問題といち早く警鐘を鳴らしました。
映画化して森繁久彌さんが認知症の人をとても上手に演じられました。

65歳未満で発症する認知症を描いた傑作としては、荻原浩さんが原作を書かれ、渡辺謙さんと樋口可南子さんが演じられた2006年の『明日の記憶』という映画があります。話題を呼びました。
最近では、アンソニー・ホプキンスが円熟した演技を見せた『ファーザー』という映画もございました。映画を見るということも認知症を理解するのには非常にいい方法かと思っております。

2025年には5人に1人が認知症!?
現在、認知症の方はおよそ600万人いるといわれています。団塊の世代が75歳以上になる2025年には、およそ700万人、65歳以上の5人に1人は認知症になると推計されています。
認知症の方が増えるにしたがって、介護や医療のお金、またインフォーマルケア、家族による介護コストなども上がってくるということで、2014年段階の推計では総額14.5兆円となっています。世界各国の首相や大統領がリーダーシップを取って、認知症の国家戦略をつくり、増加する人数と費用をどうするか、認知症の人のQOLをどう高めるかについての議論をしているという状況があります。

認知症は加齢とともに有病率が上がっていきます。それを表したのがこの図です。90歳を過ぎると、全体として64.2パーセントの有病率になっています。女性が非常に高いのが目につきます。理由については、ホルモンの影響などが指摘されていますが、今後のさらなる研究が待たれます。

日本は少子高齢化が世界の中でも進んでおり、イギリス、フランス、アメリカを追い越して、現在は高齢化率が29パーセントという世界一の高齢国になっています。

取材を通じて知った認知症の実像
読売新聞は、2012年から認知症の問題を集中的に取り組むための取材チームをつくりました。取材班として一番こだわったのは、当事者の声を聞くことでした。できれば本人が実名で顔を出していただいてお話を伺えないかということにこだわりました。
もちろんそれ以前から認知症の方への取材をしていたわけですが、多くの場合、ご本人はご自分で話すことが難しく、介護職員や家族の方に話を聞くというのが一般的でした。しかし、なんとかご本人の声を聞けないかということで、取材チームが必死で探すうちに、新聞に出てもいいですとか、実名でもいいですという方が出てきて、ご本人の話を聞くことができました。

60代で看護師だった女性が認知症になった例ですとか、公務員で認知症になられた男性などにお話を聞きました。中には、自分の思いを理路整然と話をしてくださる方がいました。
あまりに理路整然と認知症の方がお話しされると、この方は本当に認知症なんだろうか、診断が間違っているのではないかと不安になって、別の専門医の方に確認を取るというような作業も何回かしました。取材の過程で、私たち取材班も、認知症に対してかなりステレオタイプな見方を持っていたことに気づかされました。認知症になったら何もできなくなるし、わからないといった思い込みです。しかし、取材を受けてくれた方の中には、それなりにご自分の思いを伝えることができる方が多くいました。

なぜそういうことになったかといいますと、早期診断ということがいわれて、非常に早い時期に認知症の診断がつく方が増えたことが背景にあると思います。初期の方とか軽度の方というのは、認知症がまだそれほど進んでいない状況なので、自分の思いを当然伝えられるし、思いを伝える仕方に長けている方もいらっしゃいます。ですので、そういう方からお話を聞くことができたということがあります。

指先から糸が出てくる
レビー小体型認知症の男性を取材した時は、指先から糸が出てくるというお話があって、取材班は驚きました。糸が出てくるのがご本人には見えるというのです。普通だったらそんなことはないでしょうと否定すると思うのですが、奥さまはよくレビー小体型認知症のことを勉強していて、ご本人にとっては本当に糸が見えるんだからと、その糸をくるくるっと丸めて脇に置くそぶりをされました。そして
「ここに置いたからもう大丈夫よ」と話しかけると、旦那さんのほうは非常に安心するというケアをされていました。
やはりレビー小体型認知症の80代の女性にも取材させていただきました。家の中に小さな女の子がいるのが見えるというお話でした。娘さんは「そんなことないでしょう」と最初は否定していたのですが、否定されると本人は混乱して、怒り出してしまったり、悲しんだりされたそうです。娘さんは、本人にとっては見えるのだからと、その事実を受け止めてケアをするようになった過程をお話しくださいました。

日記に認知症を予感して書いていた
認知症で亡くなった父親が書いていた日記を見つけた息子さんにも取材させていただきました。。日記の一部分には「無念。僕が僕でなくなっていく。MRI」と書いてありました。
MRI(磁気共鳴画像、Magnetic Resonance Imaging)を撮って認知症と診断されて、ご本人は悩んでいたんだろうなということを息子さんたちは後で知るわけです。専門医にいわせると、家族や周囲が気付く前に、本人自身はおかしいと気が付いている。認知症になるとよく何もわからなくなった人とか、周囲が何を言っても別に本人はわからないんだから構わないと思いがちですけれども、そんなことはなくて、本人自身は家族に言わなくても、何かおかしい、何かおかしいというふうに考えている、そういうものだというふうにいわれております。

認知症の中で一番多いアルツハイマー病は、脳の中にアミロイドβと呼ばれる毒性を持つタンパク質が蓄積することで、神経細胞がダメージを受けて発症すると考えられています。
アミロイドβは認知症の症状が出る10年から20年も前から脳の中にたまりはじめ、神経細胞の外で老人斑と呼ばれるシミになり、それが進むと神経細胞の中にタウという糸くずのようなものが出てきて、それとともに神経細胞が死滅してしまう。神経細胞が死滅することで、記憶障害や時間や場所がわからなくなるといった見当識障害という症状が表れるとされております。
認知症の前に、軽度認知障害というMCI(Mild Cognitive Impairment)と呼ばれる、認知症になるかもしれないし、そのままならないかもしれないという状態もあるわけです。その前から脳の中ではアミロイドβが蓄積しているということがわかったということがあります。

待たれる認知症の特効薬開発
日本でこれまでアルツハイマー病の治療薬としては4種類が承認されて販売されています。今、夢の治療薬が誕生するのではないかと注目されている薬があります。レカネマブという薬です。エーザイとアメリカの会社のバイオジェンが共同開発しているもので、アメリカでは、迅速承認の審査中になっています。これは重度な病気の場合には、臨床的な効果が十分証明されていない段階でも、一定の証拠がある場合に承認を与えるという制度です。後から臨床試験をさらにおこなって、臨床的な効果を確認する必要があるのですが、迅速審査の結果は、2023年の1月6日までに判断されます。

日本でも今年度中に承認の申請をおこなって、2023年中の承認を目指すとされています。
この薬が承認されると、病気の原因物質に働きかけて進行抑制を期待できる初めての画期的な根本治療薬が誕生するということで、今世界中が注目しています。

レかネマブがこれまでの薬とどう違うかといいますと、アミロイドβというタンパク質そのものを標的とする抗体薬としてつくられている点です。
アデュカヌマブも同じようなメカニズムを持つ薬で、アメリカで迅速承認されたのですが、最終治験の結果、一つはいい結果だったのですが、一つは効果がよくわからないということで、日本でも承認申請されたのですが、昨年暮れに「現段階の承認申請データでは有効性が確認できない」ということで、継続審議になっています。

発症しても進行しなければ認知症にならずに死ぬ
これはエーザイの資料です。縦軸に認知機能があって、横軸に年齢があり、アルツハイマー病の典型的な進行というのが黒い線で書かれています。既存の治療薬、つまり対症療法薬は、症状は改善できますが、一定期間を経過すると認知機能の低下は避けられないということで、青い線のように下がっていってしまいます。それに対して、アミロイドβそのものを標的にする新しい治療薬は、発症を遅らせて、長期間にわたって認知機能を抑制する効果が期待されているということです。

発症を遅らせて、生きているうちに発症しなければ、そのまま認知症にならないかもしれないし、発症したとしてもその進行を遅らせれば、その分重度化することが先送りできます。
このレカネマブに関しまして、この分野の権威である東大の岩坪威教授は、1年半で到達する認知機能の低下を6か月程度遅らせることができると話しています。ただ、この薬が承認されたとしても、実際この薬の対象になる方は、MCIと呼ばれる軽度認知障害の人と、軽度のアルツハイマー病の患者さんなので、すでにアルツハイマー型認知症になっている中・重度の方はこの薬の対象にはならないということになります。

また、費用もかかるし、診断治療体制も整えなければいけないということで、たとえ日本で承認されてもすぐに大勢の人が使える体制にはならないとみられますが、ともあれ、こういう薬、研究が進んできたのは朗報です。

社会全体に広がっている認知症の影響


認知症というと、医療とか介護のイメージとか、高齢者のイメージが強いのですが、取材をしていると実に幅広いテーマであることを感じます。
車の運転やまちづくりに関係するほか、介護離職という現役世代にも関わるテーマです。財産保護や、認知症の教育をどうするかという問題もあります。
認知症はもちろん日本だけの課題ではなくて、高齢化が進む世界共通の課題です。2013年にはG8の認知症サミットがロンドンで開かれました。多くの先進国が認知症の国家戦略をつくるなどしてこのテーマに取り組んでいます。取材していると、認知症というのは発展途上だなということも感じます。診断、治療方法も今現在進行中です。ケアの仕方もそうです。私たちのステレオタイプな意識や偏見も、時代とともに認知症への受け止めが変わってくるという点で、発展途上と思っております。
さらに、金融、司法などいろいろな分野に認知症は関わっています。たとえば司法の分野では、2007年に愛知県大府市で、認知症で外に一人で飛び出してしまった91歳の男性が、列車にはねられて死亡し、JR東海が家族(妻と長男)に720万円の損害賠償を求めた訴訟がありました。1審判決は「妻と長男は約720万円を支払え」、2審判決は「妻は約360万円を支払え」でした。最高裁では「妻も長男も賠償責任なし」という判決が下りました。最高裁は、介護する家族に賠償責任があるかどうかは、生活状況などを総合的に考慮して決めるべきだとする初めての判断を示しました。

今回の事件では、総合的に判断して、家族に賠償責任はなしとされたということです。ただ、今後、場合によっては、家族が賠償責任を問われることも起こりえます。認知症の人が増えて、今後こういう事故の増加が予想される中で、法律的な判断はこれでよいのかということが議論になってくると思います。また、前頭側頭型認知症の場合、認知症が原因で万引きをしたという事例があります。司法は、認知症ゆえに万引きをしてしまった人をどう裁くのかという問題が出てきます。私は女性刑務所の取材もしているのですが、社会全体の高齢化を反映して、塀の中も高齢受刑者が増え、認知症の人も増えています。認知症受刑者の刑罰や処遇をどうするのかということが現場では大きな問題になっています。

免許証の書き換えに認知機能検査を導入

運転と町づくりでいえば、2017年に道交法が改正されて、運転免許を持つ75歳以上の人は、認知機能の状況に応じて、認知機能検査で「認知症の恐れあり」と判断された場合は、全員医師の診断を受けなければいけなくなりました。一方、とくに地方では、車がないと生活が困るということがあります。車の運転は、自尊心とか、生きる支えになっている方もいます。運転しないで買い物や人との交流ができる町づくりをつくるにはどうするかということも社会課題としてあげられます。

今はAIを活用した自動運転の開発が進んでいます。昔、アメリカのリタイアメントコミュニティ(退職高齢者の街)を取材で訪れた時は、高齢者はゴルフカートのような車に乗って、教会やスーパーへ行っていました。コンパクトシティといって、歩いて用が済む町づくりも日本の自治体でも検討・実践されています。そういうことにも認知症は一部関わっているかなと思います。

認知症の人が保有する金融資産が160兆円!
司法分野のみならず、金融分野でも認知症は大きな課題です。親が認知症気味だと言ったら銀行が本人の預金口座を凍結してしまい、家族が困ったいう相談が、認知症の家族会にも寄せられています。
本人の財産を守るために、銀行は本人の意思確認ができないと知った時点で口座を凍結するわけですが、ただ、全ての取引を終了するわけではなく、公共料金の引き落としなど、手続きすれば継続は可能ということもあります。

家族からすると、本人のためにお金を使おうと思っているのに預金を引き出せないのはおかしいと思いがちですが、金融機関からすると、経済的虐待をしているケースもあるということで、認知症が疑われる人への対応に非常に苦慮している状況があります。
第一生命経済研究所の推計では、認知症の人が保有する金融資産額は、20年度時点で160兆円で、30年度には215兆円と家計金融資産の1割に達する見込みという推計もあります。銀行協会では、認知症になった場合の指針をつくっております。

認知症教育啓発に取り組むスウェーデン王妃
これは2019年にスウェーデンのストックホルムで認知症国際シンポジウムが開かれたときの記事です。世界でおよそ5,000万人いるといわれる認知症ですが、最新課題を話し合って、解決に向けて努力しましょうという会議がストックホルムで開かれました。

ここに写っている女性はスウェーデンのシルヴィア王妃です。シルヴィア王妃は認知症の啓蒙や教育に熱心です。お母さまが認知症になったのをきっかけに、認知症に深く関わるようになりました。身の回りのこともおしゃれもきちんとしていたお母さまが認知症になって、すごく変わってしまったそうです。17種類も薬を飲んでいることを知って、信頼できる専門家に相談したところ、結果的に薬は2種類に減らせました。めまいがひどくて昼前に起きられなかったお母さまが一緒にランチを食べられるようになって、人生を取り戻したような感じでしたということです。

認知症をしっかり診断していいケアをすることが大事ということで、1996年にストックホルムにシルヴィアホームというデイケア兼認知症の教育研究機関を設立しています。シルヴィア王妃にこのときインタビューをしたのですが、認知症の人を感情的に困難な状況に置き続けないことが大事と強調されていました。たとえば混乱を招かないように、白身の魚は白いお皿の上に乗せないとか、家具にはコントラストのはっきりした色を使うとか、おトイレは赤色で場所を示すとか、日常生活でできることもたくさんあるというお話をされていました。

大丈夫ですかあなたの12項目

これはWHOが公表した認知症に関する予防のガイドラインです。認知症になる最大のリスク、危険因子というのは、加齢、つまり年を取ることですが、その他のリスク12項目を挙げています。これに介入をすることによって、リスクを少しでも減らせるのではないかということです。

運動、禁煙、飲酒、高血圧、糖尿病、高脂血症に気を付けるとか、あと難聴もリスク要因になると示しています。ライフスタイルを改善するのはなかなか難しいけれど、認知症の国際会議では認知症を社会的な挑戦として捉え、みんなで考えていきましょうということが話されていました。

認知症に優しいまちづくりということで、オランダやイギリスなどでは、認知症サポーターの養成をしているという報告がありました。認知症サポーターに関しては、日本は先進国であり、今ではサポーター数は1,400万人を超えていると思います。他国がそれを勉強してやっているという状況があります。

スウェーデンはキャッシュレス社会で、最新テクノロジーを活用するのがうまい国ですけれども、この取材に行ったときに、認知症の分野においてもテクノロジーを活用している様子を見ることができました。2007年にSveDem(スベデム)という、全国認知症登録システムをつくっています。診療所などを通じて、年齢、性別、運転免許証の有無、症状、治療結果などを登録して、多くのデータを分析・比較することで、どこに住んでいても質の良い診断や治療を受けられるようにしようと、データ登録をしているということでした。


世界に先駆けて作った長谷川式スケール
ここからは、認知症医療の第一人者で、認知症界のレジェンドと呼ばれた精神科医、長谷川和夫さんのことをお話ししたいと思います。認知症の診断検査「長谷川式スケール」で知られる長谷川和夫先生は、2021年11月に92歳でお亡くなりになったのですが、長谷川式簡易知能評価スケールというものを1974年に公表しています。私は長谷川先生を2017年から密着的に取材をさせていただきました。なぜそうしたかというと、長谷川先生が、自ら認知症であるということを公表されたからです。

半世紀にわたって認知症の診療と研究に携わってきた医師が今何を思っているのかを知りたいと思ったのが、取材をしたきっかけです。
そもそも、なぜ長谷川先生を取材したかというと、認知症の人が見ている景色はどういう景色なんだろう、何を考えているんだろうということを知りたい、そうしたことを知ることが、今後の政策をつくるうえにも役立つのではないかということをずっと思っていました。著名な方で認知症になった方が、自ら認知症のことを話してくれれば、認知症の人に対する偏見とか、ステレオタイプな見方というものを払拭できるのではないか。誰かそういうことを話してくれる人はいないかなとずっと探していたということがございます。

海外を見渡すと、レーガン元大統領も、サッチャー元首相も、認知症であることをカミングアウト(告白)されています。日本で影響力のある人で、そういう人はいないかなと探す過程で、ちらっと長谷川先生のことを耳にしました。長谷川先生の講演に出かけたところ、たまたまご本人のほうから、僕は認知症なんだよというお話が出たので、そこから取材が始まったということでした。

長谷川式スケールは1974年に公表され、1991年に改訂されたものが今も医療機関で広く使われています。長谷川式スケールですごいところは、今、世界中で使われているアメリカで開発されたMMSE(ミニメンタルステート)検査という長谷川式に似た検査があるのですが、長谷川式スケールはそれより1年前に開発・公表されていることです。

もう一つ、このスケールがすごいところは、たった9問しかない質問がよく練られていることです。1991年に改訂される前でも11問しかありませんでした。たとえば「100から7を順番に引いてください」という質問があります。最初の93というのは答えやすいかもしれません。しかし、医療者側が、ではそこからまた7を引いてくださいという質問をするのですが、そこからまた7を引く際には、答える側は93という数字を覚えておきながら7を引くという、二つの作業を同時にこなさなければいけません。

認知症になると同時に複数の作業をするのが難しくなるので、それを見ている検査となります。同時に複数の作業をする難しさは、たとえば料理なども典型的です。

認知症の世界のレジェンドを密着取材
これは2017年11月に出した記事です。『認知症 ありのままの僕』ということで、認知症を熟知している専門医が認知症になったことを伝えた記事です。ところで、長谷川先生の息子さんも認知症の精神科医ですが、息子さんは、自分の父親が認知症になったことをすごく良かったと思っているというお話をされていました。つまり、認知症のことを熟知している精神科医でも認知症になるということを皆さんに伝えられた、認知症は誰でもなり得るということを皆さんにわかってもらえて良かったということです。

長谷川先生に取材をさせていただいたとき、認知症になられて
「ショックですか?」と聞いたら次のようなことを語られました。
「ショックかって? 年を取ったんだからしょうがない。長生きすれば誰でもなる。ひとごとじゃないってこと」
「まず、時間の見当がつかなくなる。次に場所の見当。最後が人に対する見当。認知症でわからなくなるのにも、こういう順番があるんだよ」

長谷川先生が1970年代に長谷川式スケールというものさしをつくるために、各地を回られたのですが、そのころの話も聞きました。当時は、認知症の人は役立たずであり、家の恥だとされて納屋に鍵をかけて閉じ込められたり、終日寝床で放っておかれたり。そういう情景をずいぶん見たと言っておりました。
精神科病院や老人病院に入れられ、手や腰を縛られた人がたくさんいた、隔離と収容と拘束の時代だったと話されていました。

認知症という言葉の由来

認知症という言葉は、2004年に行政用語として認められましたが、それまでは痴呆というような言葉で呼ばれていました。
痴呆の由来を調べた厚生労働省の資料によると、認知症を表すDementiaという言葉は、明治初期に出た医学用語書『医語類聚』では、「狂ノ一種」と訳されていたとあります。その後、「痴狂」とか「瘋癲」とか「痴呆」などと訳されましたが、明治末期に日本精神医学の権威である呉秀三が、「狂」という文字を避けたいということから、「痴呆」という言葉を提唱して、それが定着したということです。認知症の歴史を見ると、たった50年くらい前でも、隔離・収容・拘束ということがおこなわれていたということです。だから1972年に『恍惚の人』が出たというのは、非常に早い時期に、認知症が家庭にとどまらない社会的な課題であることを世に伝えたといえます。
長谷川先生は、英国のトム・キッドウッドという心理学者が提唱したパーソンセンタードケアの理念を日本に広めたことでも知られています。その人中心のケアという意味で、認知症の療法や社会的な対応が進歩していきました。

認知症でない自分がもう一人いる
長谷川先生のお宅に伺った時、書斎も見せてもらいました。本がたくさんあって、足を踏み入れる場もない感じでした。長谷川先生は、理路整然とお話しされる時もあれば、同じ話を何回もされ、話の内容が飛んでいってしまって、私にはわからなくなってしまった時もけっこうありました。長谷川先生がすごいと思ったのは、自分が認知症なんですが、認知症である自分を見ているもう一人の自分がいるような感じで話され、長谷川先生ご自身も「自分が認知症の自分をみている感じなんだよ」とお話しされていたことです。

長谷川先生はまた、「ありのままを受け止めることがより大切だと思う」ということと、「自分にできることをしながらあとは運命に任せ、今を生きていく。今を生きるということが非常に重要」というようなお話を何回もされておりました。長谷川先生がおっしゃった言葉で印象深かった言葉をいくつかご紹介したいと思います。

「認知症の本質は、暮らしの障害なんだよ。朝起きて、顔を洗って、歯を磨いてという普通の暮らしができなくなるということ。その暮らしの障害が認知症の本質なんだ」
「自分が認知症になって初めてわかったことは、認知症になったからといって、突然、人が変わるわけではない。自分が住んでいる世界は昔も今も連続している。昨日から今日へと自分自身は続いているということ」
「認知症になると、あの人は認知になったといったことで、他人は急に壁を立てて、あの人はあちらの人、自分はこちらの人と思いがちだが、本人にしては連続して変わらないんだ」

「認知症にはずいぶんグラデーションがあって、朝調子が良くて、夕方非常に落ちて、でも一晩眠るとまた活気が起きる。そうしたことを認知症になって初めて実感した」
こんなふうなお話をされていました。

自分の時間を差し上げる
あと、「認知症になると、周囲はこれまでと違った人に接するかのように、叱ったり、子供扱いしたりしがち。だけど「認知症でない人だって間違うよね」と言われて、まあこれは本当におっしゃるとおりと思いました。
長谷川先生の言葉で好きな言葉があります。
「認知症の人と接する時は、その人が話すまで待ち、何を言うかを注意深く聴いてほしい。時間がかかるから無理と思うかもしれないが、聴くというのは待つということ。待つというのは、その人に自分の時間を差し上げるということ」
取材をしていて、時間を差し上げるということの大切さを思い知らされました。

さらに「何もわからないと決めつけて置き去りにしないで」、「ボクたち抜きにものを決めないで」ということもおっしゃっておりました。
これは認知症になられた方がよくおっしゃることです。他の認知症の方などもこういうことをおっしゃる方は多いと思います。
こうした取材の結果を、『ボクはやっと認知症のことがわかった』というタイトルで、長谷川先生と一緒に2019年にまとめさせていただきました。

少子高齢化というだけではなくて、長寿化ということがこれからの日本社会ですごいインパクトを持つと思います。100歳以上の高齢者は、老人福祉法ができた1963年には153人でしたが、2022年には、なんと9万人を超えました。驚くなかれ、2074年には国の推計ですと71万7,000人という、おそらく高知県と同じぐらいの人口が100歳以上の方というようなことになります。

国民皆保険制度は非常に長寿に貢献したと思いますが、もう65歳以上を高齢者と呼んでいていいのかというぐらい、とにかく長寿の方が増えます。

見渡せば、おばあさんばかりの日本
もう一つ、「おばあさんの世紀」という言葉もあります。2045年には総人口の2割以上が65歳の女性だけで占める時代がくるといわれております。今は男女合わせた65歳以上で総人口の29パーセントです。

総人口の2割というかなりのボリュームです。そんなおばあさんの世紀がくると。女性は育児とか介護などの家庭責任を担いやすく、仕事を中断しがちなので、所得が少なく、それは年金にも反映されます。低年金の人たちがたくさん増える社会になっては困るということなので、こういうことも人口上考えなければいけないと思っております。

今後の課題として、認知症に関する研究を推進していくこと、テクノロジーの活用が大事と思っています。レカネマブのような薬ができるのはとても期待できるのですが、半面、認知症になっても大丈夫な社会の実現を目指していく努力も同時に欠かせないと思っています。

その意味では、長谷川先生もつくりましたし、シルヴィア王妃も監修しましたけれども、子ども向けに、認知症とは何か、認知症は怖いものではないよということを示す絵本をつくるといった認知症教育も重要と思います。みんなにMRIとか認知症検査をして予防するのも大事ですが、認知症になってもこういう対応をすれば本人も安心できるし大丈夫。先ほどのレビー小体型の方の指から出てきた糸とか、小さい女の子が見える話じゃないですけれども、幻視に対して周りの人がそういうものだと受け止め、対応できるような知識と技能、教育があれば、相当程度BPSDは軽減され、費用も軽減されるのではないかなと思っております。

最後に、日本は超高齢・長寿国なので、ケアの仕方をはじめ、日本ならではの経験や知恵を国家戦略として持って、それを世界に発信できるようにしていくことが必要だし、重要ではないかと思います。その意味で、メディアも微力ながら貢献できればいいなと思っております。

その2として質疑応答が続きます